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ブックマーク / number.bunshun.jp (133)

  • プロレスも小説も、核は虚実の間に。樋口毅宏“引退作”『太陽がいっぱい』。(今井麻夕美)

    樋口毅宏の小説を読んでいると困ることがある。 この人物は実在するのか、この出来事は現実にあったことなのかと、ついネットで検索したくなってしまうのだ。嘘みたいな当と、当のような嘘。虚実のはざまに引き込まれる快感がそこにはある。 そんな樋口毅宏が、プロレス小説集『太陽がいっぱい』を刊行した。第1話の扉には開高健のこんな言葉が引用されている。 「虚の中にこそ実があり、実の中にこそ虚がある。プロレスは大人が観る芸術だ」 そもそも虚実が交錯するプロレスを、虚実混淆の樋口節で描く。実名なのは力道山だけで、そのほかはアントニオ猪木、長州力、ラッシャー木村、前田日明、高田延彦、谷津義章など、往年のレスラーを「彷彿とさせる」人物たちが登場する。 1971年生まれの著者は、子供のころからプロレスを見てきたという。新日プロレスと全日プロレスの旗揚げが1972年。だから著者と同時代、すなわちゴールデンタイ

    プロレスも小説も、核は虚実の間に。樋口毅宏“引退作”『太陽がいっぱい』。(今井麻夕美)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/11/14
    「太陽がいっぱい」については、伊野尾書店の店長さんも熱い書評を残してますね http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2016/09/post-f681.html
  • ゴジラもデスマッチも商店街も……。大日本プロレス、究極の混沌と悦楽。(原悦生)

    大日プロレスに勢いがある。 大日名物の「蛍光灯デスマッチ」を私は好きではないが、改めて凄い、凄すぎる……と思い至ることとなった。 10月31日。後楽園ホール。 恐る恐るレスラーが蛍光灯と対峙し……なんていうのは昔の話。並んだ蛍光灯の束に、次から次へと躊躇なくレスラー達が突っ込んでいく。蛍光灯の束を思いっきり相手の頭に振り下ろす。蛍光灯は粉々になって破片が観客席まで飛び散る。レスラーの体は傷だらけだ。 宮裕向とタッグを組んでいる木高イサミは自分の頭で蛍光灯をパキン、パキンと叩き割る。お前は何者だ! 一見、残酷ショーのようであって、残酷ショーではない。まるで、路上パフォーマーのようなカラッとした陽気さもあって、ファンの支持も急上昇中なのだ。 凄いのは、十分伝わる。伝わり過ぎて、凄すぎて、危な過ぎて、私はとてもリングサイドで撮影する気になれない。 昔、この団体の取材をした折に、指先に刺さっ

    ゴジラもデスマッチも商店街も……。大日本プロレス、究極の混沌と悦楽。(原悦生)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/11/10
    バラモンのことをこう表現する人、初めて見た(笑)>江頭2:50みたいな風変りな双子の2人組がいる
  • 「プロ野球を見る私たち」は変わる。南海ホークスから読み取る文化史。 - プロ野球 - Number Web - ナンバー

    父に初めて野球場に連れていってもらったのは、小学校1年生の時だ。 まだ屋根がついてドームになる前の西武球場だった。 確か西武対近鉄戦で、誰が出ていたとか、どんな試合だったかなどまるで覚えていない。 覚えているのは父が売り子のおねえさんから買ってくれた紙コップ入りのコーラに氷が入っていて冷たくておいしかったことと、試合中に突然打ち上がる花火の音が恐くて「早く帰ろうよ」と父の袖を引っ張ったことだけだ。 父は幼い私をよく球場に連れていった。 西武球場が多かったが、神宮球場や後楽園球場の時もあった。 「野球」というスポーツのルールや、「何をするといいのか」「勝つのか、負けるのか」がわかるまでには時間がかかったが、小学校3、4年生ごろにはなんとなくわかるようになってきた。 プロ野球を見れば見るほど、気になることが増えた。 そうすると「野球にはいくつもチームがある」というところから「西武球場は西武ライ

    「プロ野球を見る私たち」は変わる。南海ホークスから読み取る文化史。 - プロ野球 - Number Web - ナンバー
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/11/03
    なぜ鉄道会社がプロ野球チームを持つか…言われてみれば我が西武も…だなあ
  • “ダメレスラー”が大仁田より大暴れ!「ガンバレ☆プロレス」が醸す人間味。(橋本宗洋)

    お金はない。有名プロレスラーもいない。それでも「ガンバレ☆プロレス」は人々を興奮させる根源的なパッションを持っている。 ガンバレ☆プロレス、通称ガンプロはDDT系列の極小プロレス団体で、代表兼エースの大家健(おおか・けん)が2013年に旗揚げした。スローガンは「プロレスをメジャースポーツに」。ずいぶん大きく出た。ふだん観客100人くらいの会場でやってるのに。大家がDDT系の他の団体から弾き出されて、たった15000円の旗揚げ資金で作った団体なのに(そのお金もスタッフの定期代から拝借)。 だけど大家は言うのだ。プロレスをメジャースポーツにするという壮大すぎる夢も「思っちゃったもんは仕方ないじゃないですか! 笑いたい奴は笑えばいいよ!」。いやまあ、確かに仕方ない。そうやって突っ走るしかない、一直線に頑張るしかないのだ、この男は。変に要領よくやったり、スムーズに物事が進んで調子に乗ると必ず誰かに

    “ダメレスラー”が大仁田より大暴れ!「ガンバレ☆プロレス」が醸す人間味。(橋本宗洋)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/10/09
    あのNumberの記事とは思えない、ストレートなガンプロ賛歌。自身もユニバースであるハッシーらしい記事。読んで目が潤むと同時に「これ、俺が書きたかった」という軽い嫉妬も(笑)。 #ガンプロ #幸あれ
  • 暗黒時代の終焉と、三浦大輔引退と。DeNAとファンが諦めと決別するまで。(村瀬秀信)

    この期に及んでも気が乗らない。どうせ感傷的な記事になることはわかりきっているからだ。 この「野次馬ライトスタンド」も、更新しないまま半年以上の月日が流れた。今シーズン、インタビュー以外のベイスターズに関する記事を書けなくなったからだ。 自分は嫌なファンだと自覚している。コラムでは、期待されるような原稿は書けない。この半年、編集部から何度も案を貰っても、書いてみては消す。その繰り返し。散々待たせて結局放り出した挙句、この原稿も1週間以上待ってもらっている。当にごめんなさい。 そして、横浜DeNAベイスターズがクライマックスシリーズ初出場を決めた。 2007年にセ・リーグにクライマックスシリーズが導入されて以降10年。12球団で唯一出場のなかったチームが、お題目のように唱えていた「CS」にようやくたどり着くことができた。 「あとは勝つだけですよ」と何度耳にしたことか。 当に長かった。 勝率

    暗黒時代の終焉と、三浦大輔引退と。DeNAとファンが諦めと決別するまで。(村瀬秀信)
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    kowyoshi 2016/09/29
    泣ける(そして我が西武は暗黒から抜け出せるオーラがまだ…)
  • 「王道」初優勝から「三冠」へ――。全日本プロレス、無骨な王者・諏訪魔。(原悦生)

    初めて三冠王者になった時ですら、こんなには喜ばなかったと記憶している。 9月19日、後楽園ホール。全日プロレスの「王道トーナメント」優勝決定戦でゼウスを倒した諏訪魔は優勝カップをしっかりと抱きしめた。 王道トーナメントはまだ4回目で歴史のあるタイトルではない。 だが、「できた時から、このカップをずっと見てきた」と諏訪魔はちょっと言葉をつまらせた。 そして「うれしい」と、何度もしっかりと、お気に入りの抱き枕のように、崩れんばかりの笑顔で新しい勲章を抱いた。 「もちろん、次は三冠だという思いがある。最高の舞台でできたらいいな」 ケガで返上した「自分のタイトル」を取り戻したいという思いがみえた。 諏訪魔は2008年にキャリアわずか3年5カ月で三冠ヘビー級王者になった。 三冠獲得から8年が経ち今は39歳になったが、プロデビュー前にレスリングで五輪を目指して社会人を経験したので、プロレスのキャリア

    「王道」初優勝から「三冠」へ――。全日本プロレス、無骨な王者・諏訪魔。(原悦生)
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    kowyoshi 2016/09/27
    原さん手厳しい>「王道トーナメント」の“決勝”にもかかわらず、後楽園ホールに1183人(主催者発表)しか集められない現実を、全日本プロレスは厳しく受け止める必要がある。
  • 還暦前の大仁田厚が広げた大風呂敷。旧川崎球場で「最後の」電流大爆破。(原悦生)

    大仁田厚は来年「還暦」を迎えるが、今、なぜか元気だ。 「地方創生」をうたい文句に、小さな町にも積極的に出かけて行っては、次々と試合をこなしている。 大仁田は「これが最後、これが当に最後」と、何回も引退した。それなのにその数だけ復帰して、もうカウントしたくなくなるほど、数多くの新団体や新プロモーションを立ち上げてきた。 8月末にディファ有明で旗揚げ戦を行った「ファイヤープロレス」も大仁田の団体だ。昔の名前を思い出したようにメキシコからチャボ・ゲレロまで呼んできてのパフォーマンスだった。 9月26日には後楽園ホールでの「FMW」の興行にも出る。 「生きるために、デスマッチを戦っているんです」 「大仁田厚はうそつきだ」と面と向かって言ったことがある。 そうすると大仁田は「うそつきはないでしょう」と返すが、まんざらでもない表情だ。 「オレ、毎回、デスマッチやっているけれど、死ぬためにやっているん

    還暦前の大仁田厚が広げた大風呂敷。旧川崎球場で「最後の」電流大爆破。(原悦生)
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    kowyoshi 2016/09/21
    一方、ターザン後藤は今日も下町のスナックで…
  • 飯伏が不在でも“夏の両国”は大盛況。DDTが紡ぐ「生の感情」の連続ドラマ。(橋本宗洋)

    石川の強烈なヒザをくらう竹下。石川が所属する“DAMNATION”は、この栄冠をさらなる躍進のキッカケにできるか? DDTのリングは展開が早い。1つの試合結果が思わぬ形で次の対戦カードにつながり、サプライズなら日常茶飯事。“文化系プロレス”とも呼ばれるエンターテインメント性の強い団体だけに、面白いこと、ファンに支持されることが何よりも優先される(現時点での“アイアンマンヘビーメタル級王者”はお笑い芸人の山里亮太だ)。 逆に、選手兼“大社長”の高木三四郎が最も嫌うのはマンネリ、すなわち停滞。だから、DDTではマッチメイクでも試合内容でもイベントの形式でも“新たな一手”が惜しげもなく繰り出される。これまで路上プロレスやキャンプ場プロレス、アイドルのライブとのコラボイベントなどを行なってきたDDTは、11月6日に音楽とプロレスの祭典『DDTフェス』を開催する。 さらに11月20日には台湾での興行

    飯伏が不在でも“夏の両国”は大盛況。DDTが紡ぐ「生の感情」の連続ドラマ。(橋本宗洋)
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    kowyoshi 2016/09/06
    外部からのスペシャル感はあまりなかったけど、興行内容は充実していた今年のDDT夏の両国。
  • 凶器、場外、コーナー禁止のプロレス。佐藤光留が今も守るUWFの“遺伝子”。(橋本宗洋)

    パンクラスMISSION所属のプロレスラー・佐藤光留がプロデュースする『ハードヒット』は“UWF系”のプロレスイベントである。勝敗はKOもしくはギブアップで決し、ダウン、ロープエスケープでそれぞれロストポイント1。10分一勝負は3ロストポイント、15分一勝負の場合は5ロストポイントでTKO負けとなる。 かつてプロレスファンを熱狂させたUWFの意義を“総合格闘技というスポーツの確立”だとするなら、その歴史的役割はすでに終わっている。第一次UWFの理論的支柱だった佐山聡は修斗を産み出し、リングス、UWFインターナショナル、パンクラスの“U系”団体はそれぞれの形でバーリ・トゥードと向き合った。そしてPRIDEが爆発的人気を獲得した時点で、UWFのファンが見た夢は現実のものになったと言っていいだろう。今、プロレスはプロレスとして、格闘技は格闘技としてはっきり区分けされた形で成立している。 鈴木

    凶器、場外、コーナー禁止のプロレス。佐藤光留が今も守るUWFの“遺伝子”。(橋本宗洋)
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    kowyoshi 2016/08/08
    個人的な欲を言うなら、都内でもっと興行してほしい(新木場がムリなら我闘雲舞と同じ日に板橋とかで)。千葉は遠いねん。
  • ノアファンが否定し続ける潮崎豪。そんな男が握る、沈みゆく団体の命運。(井上崇宏)

    共通の敵を作り、大衆を団結させよ。 そして大衆を熱狂させたまま置け。考える間を与えるな。 かの独裁者、アドルフ・ヒトラーによる大衆扇動術の一端である。 それまで新日プロレスを主戦場としていた鈴木みのる率いる鈴木軍が、プロレスリング・ノアの最大の敵として姿を現したのは2015年初頭のこと。メンバー全員がまとめて他団体のリングに闘いの場を移すという前代未聞の行動は、当時、プロレス界の話題をさらった。 この鈴木軍の行動は、経営危機が囁かれていたノアにとっては実は渡りに船だったはずだ。なぜなら、開戦まもなく鈴木軍に全タイトルを一気に奪われもしたことで団体存亡の危機を煽り、その闘争はやがて熱狂へと昇華するに違いなかったからだ。 つまり共通の敵を得たことで、熱狂的なノアファンたちと団結をするのだ。 実際にベルト奪還に燃えるノア勢と、それをありとあらゆる手段で弾きかえす鈴木軍の抗争は、ノアマットに多く

    ノアファンが否定し続ける潮崎豪。そんな男が握る、沈みゆく団体の命運。(井上崇宏)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/05/27
    あー、これがTwitterのプロレスクラスタの間で話題になっていたやつか…
  • “学プロ上がり”の“どインディー”。ガッツワールドが志すプロレスの王道。(橋本宗洋)

    5月8日、プロレス団体ガッツワールドが後楽園ホール大会を開催した。 プロレス団体が後楽園で興行を打つのは当たり前――ではない。2004年に旗揚げしたガッツワールドの観客動員は通常、100人から300人ほど。ごく小規模な、いわゆる“どインディー”団体であり、後楽園大会開催もまだ2度目なのだ。 ガッツワールドは、ガッツ石島ら学生プロレス出身者たちが創設した団体だ。しかも彼らには、下積みの期間がなかった。 「学生プロレス上がりが自分で勝手に名乗ってプロレスラーになっちゃったという(笑)。団体旗揚げって、どこかの団体で修行したレスラーが独立してやるもんなんですけど」(石島) 当然、風当たりは強かった。他の男子団体から相手にされず、専門誌には掲載されない。女子プロレスラーにミックス(男女混合)マッチで参戦してもらうことで、少しずつ業界内での信用を得ていくしかなかった。 ただ、そこで卑屈になることもな

    “学プロ上がり”の“どインディー”。ガッツワールドが志すプロレスの王道。(橋本宗洋)
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    kowyoshi 2016/05/15
    週プロは取り上げなかったガッツワールド後楽園大会が、Numberのweb版で取り上げられる奇跡(ライターは格闘技以外はどインディー専のハッシーだけど)
  • 今度はベルトが俺を追いかける。新IWGP王者、内藤哲也の生き方。(井上崇宏)

    内藤哲也が少年時代から抱いていた新日プロレスのレスラーになるという夢。ずっと新日に憧れ続け、ついにその夢を叶えたデビュー戦の日からおよそ1年後、ひとりの選手が他団体から新日プロレスに移籍をしてきた。 そのとき、内藤は「これはちょっと違うだろ」と思った――。 「王貞治さん、長嶋茂雄さん、アントニオ猪木さん。この3人のことは絶対に“さん付け”で呼びなさい」 内藤は、物心がついた頃から父親にそういう“教育”を受けてきた。 要するに父親はプロ野球とプロレス、とくに読売ジャイアンツと新日プロレスの熱狂的なファンだったのだ。この3人のうちの誰かのことをつい呼び捨てして呼んでしまおうものなら、当に気で叱られた。 毎日、内藤家のテレビには野球中継が映っていて、録画したプロレス中継は親子で一緒に観ることが当たり前のような生活だったが、内藤は、王さん、長嶋さんという人たちが活躍していたという野球よ

    今度はベルトが俺を追いかける。新IWGP王者、内藤哲也の生き方。(井上崇宏)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/04/20
    ニコプロでも今や圧倒的支持率だもんなあ、内藤
  • “耐死仕様”の破天荒なプロレス!帰ってきた飯伏幸太の物語は続く。(井上崇宏)

    飯伏復帰戦のDDT両国大会。「東西正面向正面全面使用エニウェアフォール・ウェポントレジャーハント3WAYタッグマッチ」という特殊な試合形式だった。 昔、映画監督のクエンティン・タランティーノが車を買い替えようとしたとき、「安全重視でボルボにしようと思ってる」と友人の俳優に相談をしたそうだ。 するとその友人は、「どんな車でも好きなのを買ってスタントマンに預ければいい。そうすれば車を“デス・プルーフ”(耐死仕様)に改造してくれるから」と答えたらしい。 ゴールデンスター・飯伏幸太はプロレスデビューする前、アルバイト先で「OPG(俺たちプロレス軍団)」という社会人プロレスの集団と出会った。 プロレスファンの大人たちによって組織されたOPGは、メンバーでお金を持ち寄って自前のリングを作り、なんと道場まで持っていた。気で“プロレスごっこ”を追求する者たちだった。 人見知りの激しい飯伏も、そんなOPG

    “耐死仕様”の破天荒なプロレス!帰ってきた飯伏幸太の物語は続く。(井上崇宏)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/04/08
    飯伏がもしWWEに入るなら、WWE(ていうかHHH)はアメリカにOPG道場と伊橋を用意しないといけないかもしれない
  • スターが連続離脱の新日本プロレス。繰り返されてきた危機と再生の歴史。(堀江ガンツ)

    ここ数年、プロレス界で“ひとり勝ち”と言われていた新日プロレスに、2016年の年明け早々から激震が起こった。 棚橋弘至と並ぶ団体の顔であった中邑真輔、さらにはトップ外国人レスラーであるAJスタイルズ、カール・アンダーソン、ドク・ギャローズが次々と新日退団を表明し、世界最大のプロレス団体であるアメリカのWWEへ移籍。 2月末には、DDTと新日、史上初の2団体同時所属選手として活躍してきた、“ゴールデン・スター”飯伏幸太までもが両団体との契約を解消したのだ。 合計5人ものトップレスラーの離脱。プロ野球でいえば、クリーンナップの一角を務める生え抜きのスター選手と、外国人助っ人の大半、さらに近未来のエースが一気に抜けてしまったようなものだ。業界ナンバーワンの選手層を誇る新日にとっても、痛手でないわけがない。 新しいファンの間に広がる不安と胸騒ぎ。 いまのところ観客数減など目立った影響は出て

    スターが連続離脱の新日本プロレス。繰り返されてきた危機と再生の歴史。(堀江ガンツ)
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    kowyoshi 2016/03/31
    堀江ガンツ氏の説でいうなら、次世代の新日を支える可能性があるのは…カマイタチやFUJIN、RAIJINの世代かなぁ…
  • 崩れ落ちた飯伏幸太が怪しい復活。「プロレス研究所」ってなんだ?(井上崇宏)

    いま思えば、最初から無理だったようだ。 だけど、前人未到のことだったから、やってみないとわからなかった。 飯伏幸太の、DDTと新日プロレスの2団体同時所属のことである。 2月22日、DDTの事務所で会見が行われ、飯伏幸太がその両団体を退団することを発表した。 どちらか一方を、ではなく、一気に両団体を離れることに決めた。 飯伏は、昨年9月にDDTの2大会を体調不良で欠場し、10月25日の後楽園ホール大会でも緊急欠場をしていた。以前から左半身の不調を感じていたので精密検査をしたところ、頸椎椎間板ヘルニアと診断される。日常生活を送ることに支障はないが、プロレスの試合は当面無理との医師の判断により、そのまま無期限の長期欠場に突入となった。つまり、公の場に姿を現したのは4カ月ぶりであり、この欠場中に退団という決断を下したことになる。 もともとDDTの所属選手だった飯伏は、新日から要請される形で、

    崩れ落ちた飯伏幸太が怪しい復活。「プロレス研究所」ってなんだ?(井上崇宏)
    kowyoshi
    kowyoshi 2016/03/03
    新日の価値観とDDTの価値観はファン同士でも違うもんなあ…ましてやプレイヤーだと…うん
  • ベルトを巻かない王者・柴田勝頼。限りあるプロレスラー人生を思う。(井上崇宏)

    「あの日、中邑と話したこと? 言わないほうがいいでしょう」 1月30日、後楽園ホールでのラストマッチを最後に、新日プロレスを退団した中邑真輔。大会終了後の控え室で、長年、犬猿の間柄であった柴田勝頼は、自ら中邑に声をかけていた。 「10年前だったら成立しないシチュエーション、会話だったとは言えるでしょうね。ほかの選手がみんな意外とハケるのが早くて、俺はまだひとりシャワーを浴びたりしてたんですよ。そのあと、なんとなく『まだいるかな?』と思って向こうの控え室を覗いたら、いたんで。(声をかけたのは)たまたまですよ」 ほんの二言三言だったが、2人きりで会話をしてみて、中邑に対する印象が変わることはさほどなかった。ただ、柴田が新日を退団した10年前の頃と比べて、「意外と物分かりがいいやつなんだな」と感じた。 10年という時間は、人も、取り巻く状況も、大きく変化させていた。 「もし、俺があいつの控え

    ベルトを巻かない王者・柴田勝頼。限りあるプロレスラー人生を思う。(井上崇宏)
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    kowyoshi 2016/02/17
    今の柴田勝頼、レスラーとしての色気があって好き
  • プロレス話が嫌いなプロレスラーの話。長州力は、いつか“消える”──。(井上崇宏)

    尾山台のファミレス。その日、長州力は姿を現わしたときからすでに不機嫌だった。 「今日は何をやるんだ? こんなのさ、何度も何度もしつこく言うけど、俺のことなんて昔の記事を拾って勝手に書いてくれりゃいいんだから。なんでわざわざこうして話をしに出てこなきゃいけないのか……。もう、パパパッとやってくれよ」 この日はプロレスの話題について触れる予定だった。そもそも、それが長州の機嫌が悪かった理由だ。 長州はプロレスについて語ることを誰よりも嫌う。おまえら、やったこともないくせにプロレスの何がわかる? 長年、そのスタンスで生きてきた。プロレスマスコミという人種を毛嫌いしている。 「べつに殊更に嫌いじゃないけど……もう、プロレスの話とかしたくねえんだ。まあ嫌いというよりはイヤってことですよ」 けっして嫌いではない、ただ、イヤなのだそうだ。そうして、この日もプロレスについての質問はNGとなった。長州のマネ

    プロレス話が嫌いなプロレスラーの話。長州力は、いつか“消える”──。(井上崇宏)
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    kowyoshi 2016/01/18
    御小、切ない>もういまの靴もボロボロだけど、それで俺が新しい靴を注文して履いてたらみんながどう思うか? 『あと何年やる気だよ?』って言われるのがオチだろ。だけどいまのボロボロの靴、滑るんだよな……
  • 天龍源一郎、いま振り返るプロレス人生。馬場との約束、鶴田、原への思い――。(Number編集部)

    2015年11月15日、午後7時過ぎ。オカダ・カズチカとの引退試合に敗れた天龍源一郎は、最後の会見に臨んだ。 天龍はたった今激闘を交わした新鋭・オカダへのコメントもそこそこに、若き日を共に過ごした戦友たちに思いを馳せていた。目の前に並べられたビールを口にして、「俺が(阿修羅・)原とやりはじめた時に、最初に世の中に出たビールだったんですよね」とその味を懐かしむ。記者からの「目を閉じると、どんなレスラーが思い浮かぶか」という質問には、「(ジャイアント)馬場さんもそうですし、(ジャンボ)鶴田選手もそうですし、志半ばでね。僕のように最後までできなかった方たちのことを思い起こします」と答えた。 大相撲から全日プロレス入団へと導いてくれた、ジャイアント馬場。三冠ヘビー級王座を争い、人気レスラーとなるきっかけを作ってくれたジャンボ鶴田。そして全日からSWS、WARと団体を渡り歩いても、名パートナーであ

    天龍源一郎、いま振り返るプロレス人生。馬場との約束、鶴田、原への思い――。(Number編集部)
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    kowyoshi 2015/12/23
    記事の内容よりも、雲一つない青空の下にいる天龍と紋奈代表のちょっと離れた2ショットがNumberっぽいなあと思った。
  • 誰も見たことない光景を見せてやる!鈴木みのるvs.ノア、衝撃の結末へ。(井上崇宏)

    12月23日の大田区総合体育館大会で丸藤正道と戦うGHCヘビー級王者の鈴木。「何もかも終わらせよう」とコメントしている。 2015年、鈴木みのるはプロレスリング・ノアという“伝統”のリングで「新たなる旅の年」を過ごしてきた。鈴木軍という大勢の仲間を連れて出た旅。8人という大所帯はかつて所属した第2次UWFの旗揚げメンバー(6人)を上回り、「ちょっとしたプロレス団体を興せる規模だ」と笑う。 「当にさ、漫画でいう“新章”に突入したというか、そんな気分でしかなかった」 物心がついたときから漫画の中で生きてきた。『鈴木みのる物語』という漫画の脚を書いて、構成をしてきたという感覚。少年漫画の形態自体がプロレスから取ったんじゃないかと思うくらい一緒だと思った。ウルトラマンを見ても、仮面ライダーを見ても、やられて、やられて、最後に逆転勝ち。全部プロレスだった。 まるでうまくいかなかった少年時代――。

    誰も見たことない光景を見せてやる!鈴木みのるvs.ノア、衝撃の結末へ。(井上崇宏)
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    kowyoshi 2015/12/08
    いい意味で厨二>物心がついたときから漫画の中で生きてきた。『鈴木みのる物語』という漫画の脚本を書いて、構成をしてきたという感覚。少年漫画の形態自体がプロレスから取ったんじゃないかと思うくらい一緒
  • オカダ・カズチカ、天龍戦の告白。不変のプロレス魂。(井上崇宏)

    まったくの遠慮無しに、いつも通りのドロップキックを連発していったオカダ。そして、それを受け続けた37歳年上の天龍。 「最後の相手にオカダを指名したっていうのは、とても源ちゃんらしいなと思いましたね。当なら自分と価値観の違う相手と、最後の最後に闘おうなんて思わないもんなんですよ、レスラーって。それは昭和のしぶとさじゃなくて、あくまで天龍源一郎という男の感性、しぶとさなんですよ」 「俺の感覚では絶対にそういう選択はしない」。昭和のプロレスを共に築いた盟友・長州力は、天龍が引退試合の相手にオカダ・カズチカを選んだことについて、そう言い切った。 「俺にとっては信じられないことです。それは自分の譲れない価値観を、最後の最後で自分自身の手によって壊したってことですから。それは当にとんでもないことだと思いますよ、俺は」 だが、かつてその長州力の顔面を試合中に蹴っ飛ばし、重傷を負わせたことで新日プロ

    オカダ・カズチカ、天龍戦の告白。不変のプロレス魂。(井上崇宏)
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    kowyoshi 2015/11/24
    ここはホンネかな>なんでかわからないけど、『またやりたいな』って思いましたね。もう叶わないですけど、これで終わりなのが嫌だなって思いました。天龍さんが全盛期のときにもやってみたかったなって