伊藤 玲子(いとう れいこ、1927年1月1日 - 2020年3月26日[1])は、日本の政治家、政治運動家。新しい歴史教科書をつくる会監事[1][2]、鎌倉市議会議員[3]を務めた。 来歴[編集] 宮城県仙台市生まれ、東京都世田谷区育ち。山脇高等女学校卒業[3]後、18歳の時に結婚し、専業主婦として子育てをしていた。 1989年、62歳の時、当時居住していた神奈川県鎌倉市にて、中西功市長が、昭和天皇崩御に伴う大喪の礼が2月24日に執り行う事に際し、神奈川県教職員組合傘下の湘南教組が各小学校の父母に対し、大喪の礼の休日化と弔旗掲揚、黙とうに反対の意向の文書を配布した。この文書に対して、鎌倉市の教育委員会に抗議した結果、法律通り休日扱いとなったが、湘南教組のやり方に憤慨し、統一地方選挙である鎌倉市議会議員に立候補し当選。4期16年務めた[4]。 任期中に、小泉政権当時の文部科学大臣であった中