2020年に刊行された村上春樹の短編集『一人称単数』の英語版が、2021年4月にイギリスとアメリカで発売された。それにあわせて、英米諸紙が書評を掲載したが、なかでも「村上の大ファン」を自称する批評家が、米紙「ロサンゼルス・タイムズ」に手厳しい意見を寄せている。彼女がこの最新作を酷評する理由とは? 村上作品に登場する、中年の、どこまでも平凡なパスタを茹でる主人公たちは、わりとよく井戸に落ちるハメになる。 『騎士団長殺し』の主人公のように、何日もそこに囚われたり、『ねじまき鳥クロニクル』の岡田亨のように、はしごを外されて思考にふけるしかなくなったりするのだ。 村上作品における井戸は、記憶や忘却へと続くトンネルの入り口だ。そして今、村上自身がその暗くて湿った井戸の中に囚われ、過去の作品への完全なる追憶に浸りきるあまり、未来へと続く道を見失ってしまっているようだ。
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