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歴史とアイヌに関するlatteruのブックマーク (3)

  • アイヌ系だけれど我が家は今のアイヌ人権団体から見ると裏切った側

    嘘か真か、我が家の先祖は大和と取引して興隆した家柄、というか一族で、大和から鉄器や布や網などを交易して狩猟へ応用し財産を築いたので今がある、と小さな頃からそう教えられていた 大人になり大和とアイヌの関係性をはっきりと理解できるようになると「あぁ我が家は裏切った側か」と知った もちろん有識者に言わせれば実際のところはアイヌ同士でも血を伴う争いは頻発していて、それを考えれば鉄器を潤沢に得ていた先祖は有利に戦況を進めていただろうことは想像に難しくない 北海道の西側から始まったアイヌ同化政策でも少なからずの抵抗があったと聞いたが先祖はその先鋒として"交渉"を伴いながら東へ進んだという まぁどう見ても今のアイヌ人権団体から見れば裏切り者だ 何なら我が家は北海道開拓の功労が認められ、そこそこの地位まで得てしまい戦後は内地へ渡った、つまり今はもう北海道にすら住んで居ないのである しかも一部権利を北海道

    アイヌ系だけれど我が家は今のアイヌ人権団体から見ると裏切った側
  • 明治時代のアイヌの暮らしを描いた浮世絵を紹介します|太田記念美術館

    2020年7月、北海道白老郡白老町において、アイヌ民族博物館(1984年開館)を発展させたウポポイ(民族共生象徴空間)が設立されました。また、アイヌ文化を取り扱った漫画ゴールデンカムイ』も話題となり、2024年1月には実写映画化もされました。 そこで、浮世絵ではほとんど描かれることのない北海道、なかでもアイヌ民族の暮らしを描いた浮世絵を紹介いたします。 明治3年(1870)、浄土真宗の僧侶である大谷光瑩(こうえい)、法名「現如(げんにょ)」は、明治新政府からの命を受け、北海道の開拓事業と布教を行いました。 その様子を伝えたものが、翌明治4年(1871)頃、浮世絵となって刊行された「現如上人北海道巡錫絵図」です。点数は、大判錦絵15点、大判錦絵3枚続1点。絵師は、二代国輝、三代広重、二代国貞、小林永濯といった、当時の人気絵師たちが分担して制作しています。 今回は、その中から3点の浮世絵をご

    明治時代のアイヌの暮らしを描いた浮世絵を紹介します|太田記念美術館
  • 『当事者』って誰ですか?

    とある呉服屋さんが作ったアイヌ文様の浴衣が抗議を受けて販売中止になったそうだ。 知らないうちに起こって知らないうちに鎮火していた。 まぁそれはいい。販売中止は呉服屋の判断でありそこに異議を唱えるつもりはない。 気になったのは販売中止を求める人の多くが自身は『和人』であると自認しており、 これは我々『和人』がアイヌの文化の盗用しているケースにあたり『アイヌ』に失礼だ、という理屈で抗議していた事である。 なかでも「当事者であるアイヌに許可を取るべき」とか、 「アイヌが着るならいいけれど…」というようなツイートを見かけて驚いた。 ここで言われる当事者のアイヌとは一体どういう人を指すのだろう。 このツイートをした人達の頭の中にいる許可を取るべき窓口としてのアイヌ、アイヌ文様の入った服を着てもいい当事者のアイヌとは一体誰なのか。 ひとりひとりに聞いて回るわけ?誰が? と考えはじめたらなんかイライラし

    『当事者』って誰ですか?
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