蒸し暑い昼間。取引先での打ち合わせを終えて蕎麦屋にはいり、お品書きに粋な調子でさっと目を通し、手を挙げ、時給780円おばはんにもりそばを頼もうとしたそのとき、打ち合わせ中は、あっ!とか、う〜っとか、おぅ…しか言わず存在感がなかった部長の声がした。「俺はざるだ…」。文章話せるんだ部長…と感心しながらもりそばを注文。そばを待つ間、部長はつぶやき続けた。目は虚ろだった。「俺たち営業マンは会社の看板を背負っている。白い歯をみせたら客になめられる…ビジネスは殺るか殺られるかの厳しい世界だ…」永遠に続きそうな言葉の数珠は、おばはんのお待たせしましたの声で途切れた。 テーブルにざるそばともりそば。部長は中空を睨んだまま電池切れのように凝固していた。人の目が気になるし、気色が悪いので「部長…」と声をかけた。「ざるそばにあってもりそばにないもの…それはなんだ?」と部長は言った。狂ったか。「の、ノリです…」「