日本にはかつて、橋川文三という偉大な政治学者がいた。 彼の代表作は、第一作目の『日本浪漫派批判序説』ということになろう。他にも多くの著作があるが、彼は丸一冊の書き下ろしを、殆ど書いていない(紀伊国屋新書から出した『ナショナリズム』はその例外)。彼の本は、いずれも短い論考や連載を編集したもので、一冊の本としてはまとまりに欠ける。 しかし、私は、この橋川を心の底から尊敬している。彼の論考が、20代前半の私を思想史研究の道へと導いたといっても過言ではない。 では、なぜ私は橋川文三を尊敬しているのか? それは、彼の論考に「誤魔化し」がないからである。 彼は舶来の理論で、近代日本をきれいに切り取ろうはしなかった(ただし、彼は欧米の議論を人の何倍も勉強していた)。だから、彼の論考はなかなかまとまらないし、概ね結論もはっきりしない。しかし、そこで展開されている議論は、間違いなく近代日本の核心部分を捉えて