■それぞれの自由な生き方へ 1979年、久徳(きゅうとく)重盛著『母原病』がベストセラーになった年に、私は母親になった。時代は、戦後の急激な核家族化の中、子どもの情緒的な発達にも母親の責任が問われる方向へと向かっていた。当時、「自閉症」の原因さえも母親にあると流布されていて、「良い母親」になるには、どうすべきかは大テーマだったのだ。 そんな中、同世代の女性たちの多くは、核家族の専業主婦となって子育てに専念する道を選んだ。働く母親は、子どもになにかある度に、「自分のせいではないか」との不安に苛(さいな)まれた。 その後、この分野では89年以降、「アダルト・チルドレン」の関連本の出版が10年も続いた。巷(ちまた)には自ら機能不全家族で親の適切なケアを受けずに育ったとする人たちが、これでもかこれでもかと出現した。 2000年に入り事態はさらに過激化し、「毒親」がブームになった。私は母親を責め立て
精神論は有害だ 心がけで背は伸びない。以前、養老孟司さんから聞いたことばだ。ぼくの座右の銘にしている。世の中、精神論は役に立たない。 長谷川眞理子と山岸俊男の『きずなと思いやりが日本をダメにする』を読んで、精神論は有害だとあらためて思う。 テーマとなるのは、少子化、空気といじめ、差別と偏見、グローバリズムと雇用など。並べるだけで気分がめいる。 これを長谷川は進化生物学の知見で、山岸は社会心理学の知見で読み解く。聞き手・話し手の切り替えぶりが巧みで、一気に読ませる。 人間が知性を持ったのは社会なしに生存できないから。人間の脳は他者の心を読もうとしてしまう。周囲の視線を気にしたり、集団内の裏切り者を見つけ出したりする能力を持つ。ふたりの対話からこうした特性が見えてくる。その起源は有史以前、農耕・牧畜をはじめた1万年前にさかのぼる。 脳は心がけでは変わらない。ぼくたちの脳に染みついた特性に従って
ISBN: 9784642034722 発売⽇: 2016/02/26 サイズ: 20cm/391,16p 江戸時代の通訳官―阿蘭陀通詞の語学と実務 [著]片桐一男 以前から不思議だったことがある。ちゃんとした学校も教科書も辞書もない時代において、人々はどうやって外国語を身につけたのだろうか? ただでさえ語学習得のセンスに決定的に欠ける私からすると、それって途方に暮れるほかない状況に思えるのだが。 そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。江戸時代、長崎の出島にあるオランダ商館が、海外に開かれたほぼ唯一の「窓」だった。商館のオランダ人とやりとりするには、オランダ語ができなくてはならない。そこで、町人身分である「阿蘭陀通詞(オランダつうじ)(通訳)」が大活躍した。 通詞の家に生まれたら大変だ。「ア・ベ・ブック(ABブック)」でアルファベットの読み書き、オランダ語の初歩を学ぶのにはじまり、単語や日常
■近代日本に突きつけた問い きょう9月1日は、1923年の関東大震災からちょうど90年にあたる。 正直なところ、「震災」という言葉を聞いただけでウンザリする人は多いだろう。東日本大震災からこのかた、「勇気と感動をもらえる」物語や、時にヒステリックな原発論争があふれている。「震災本の売れ行きが期待はずれだった」と嘆く出版関係者の声もよく聞く。 だが、関東大震災を描いた本の中には、そんな身勝手な食傷気分を吹き飛ばしてくれる刺激的な作品も数多く存在する。 最近文庫化された宮武外骨『震災画報』は、地震直後の9月下旬から翌年1月まで刊行された6冊の震災記録を合本したもの。外骨ならではの視点が随所に見られるが、焼け跡にうごめく人々の生臭さが特に印象的である。伴侶を失ったばかりの被災者同士をくっつけようと躍動する結婚紹介業者、親を失った「良家の処女」に扮して客を引く娼婦(しょうふ)など、お涙頂戴(ちょう
B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊 著者:エリック・H.クライン 出版社:筑摩書房 ジャンル:歴史・地理・民俗 B.C.1177―古代グローバル文明の崩壊 [著]エリック・H・クライン 誰が青銅器文明を殺したのか? あまりにも突然であった。エーゲ海にきらめいたミュケナイ文明が、トルコの大地に咲いたヒッタイト文明が、母なるナイルのエジプト新王国が、キプロス・アッシリア・バビロニアと、後期青銅器文明の精華のことごとくが、いっせいに地上から消えた。紀元前1177年のこととエジプト王の碑文は示唆する。 すべてが失われた。発掘された粘土板にぎっしり刻まれた公用アッカド語も、海底の沈没船にぎっしり積まれた銅のインゴットも、外交や商業で緊密に結ばれた地域間交流の賑(にぎ)わいを伝えてくれるのに、すべてが突然に失われてしまった。3世紀以上つづいた文明が数十年で滅び、つぎの鉄器時代まで数世紀の薄闇と
この20年あまり、多くの国で格差の拡大が進んだ。この不平等の問題を克服するためにどう考えればいいのか。私たちが尊重すべき「平等な関係」とは何かを根底から問いなおし、そうし… 不平等を考える―政治理論入門 [著]齋藤純一 不平等の拡大が社会にもたらす深刻な分断。これに歯止めをかけ、より平等な社会を実現するには。最先端の政治理論の成果が凝縮されている。 支え合いの基礎を「国民の同質性」に求める議論があるが、ナショナリズムは「対外的な自己主張」を強めても「対内的な資源の再分配」には必ずしもつながらない。むしろ、誰もが、生まれる場所を選べない「生の偶然性」や、いつ病気になるかわからない「生の脆弱(ぜいじゃく)性」を意識すべきである。事後的に保護する社会保障に加え、子どもの貧困の解決など、人々が社会で活躍できるように事前に促進することが大切だ。 「自尊」ある人びとだけが責任ある「市民」となりうるので
ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか 著者:シュロモー・サンド 出版社:浩気社 ジャンル:社会・時事・政治・行政 ユダヤ人の起源 [著]シュロモー・サンド /トーラーの名において [著]ヤコヴ・M・ラブキン ユダヤ教徒は、長く離散の状態にあって、約束の地、シオン(エルサレム)に帰還する時を待ち望んできた。しかし、帰還のために実際に何かをしたわけではない。そうすることは神の意志を先取ることだから許されないのである。シオンへの帰還の運動(シオニズム)が始まったのは、19世紀後半、ヨーロッパやロシアの各地で排外的なナショナリズムが生じ、ユダヤ人が追いつめられたときである。それに対抗して、ユダヤ人も自身をネーションとして意識し、国家を創(つく)ろうとした。当初、シオニズムは大多数のユダヤ教徒からは否定されていた。ユダヤ教の教えに反するからである。 しかし、ナチズムを経験したのち、多くのユ
人間が集団で暮らす「まち」はいかに治められるべきか。法や政治哲学などの視点から、原子力ムラや騒音おばさんといった具体例を交え、為政者や大企業に敵対するだけの「正義」もどきを小気味良く斬っていく。政府系金融機関で、まちづくりの実務に携わってきた著者ならではの説得力が全編にあふれる。 コミュニティを絶対的にいいものとする主張への批判も鋭い。人々の「緊密な関係(=仲良し)」にすべての解決を委ねる危うさを説き、見知らぬ者同士をつなげる方策を探る。 「まち」をつくるための政治を論じた後半では、米国のタウンミーティングを例に挙げ、関係者全員が一堂に会する「直接制デモクラシー」に期待をかける。小規模の住民を単位とした意思決定に、真の「自治」への希望を見いだすのだ。分譲マンションが、格好の舞台になる。そこで人々は、自分たちの選択に伴うリスクを引き受ける「気構え」を持ち「市民」となる。実現には私たちの意識変
200年後にも残っている本だろう――そう評されて昨年末サントリー学芸賞を受賞した単行本が、中西竜也著『中華と対話するイスラーム』(京都大学学術出版会)だ。中国国内の少数派である「中国ムスリム」はどのように「共生」を果たしてきたのか。10年がかりで掘り下げた力作だ。 ムスリムとはイスラム教徒のこと。アジア各地から中国に移り住んで独自の共同体を作った。16世紀初頭には中国社会に根付いていたが、その後、邪教として異端視される事態も起き始めた。 中西は37歳。東洋史学が専門で、京都大学特定助教を務めている。今回は、17世紀から19世紀までの歴史に光を当てた。「当時の彼らは、イスラム教の信仰は維持しつつも母語は忘れて漢語(中国語)を使うようになっていた。中国への『土着化』は果たしたけれど『同化』することはなく、独自の輪郭を形成していたのです」 中国社会から「異端」とみなされるかどうかは、生死にかかわ
■日本人が知らない驚くべき現実、おそるべき真実を明らかにする 本書を読むと、空恐ろしくなる。「尖閣は本来中国のものであったのを日本が掠(かす)めとったもので、悪いのは日本だ」というのが大方のドイツ人の常識というのである。また、原発事故の報道においても、「死の恐怖に包まれた東京」という見出しや「首都圏の住民3800万人がまもなく逃走しはじめる」といった記事を紹介。ドイツ人特派員による意図的かつ「わざと誤解を招くための仕業」を、著者はやり玉に挙げる。 しかし著者の真の目的は、ドイツメディアの糾弾ではない。日本人とドイツ人が直に接する機会を増やすこと、日本の政治家が国際的な場で発信する努力を怠らないこと、そしてそれらを通じて現在のいびつな関係を正常に戻すことにある。それにしても、ドイツと中国の関係が現在、さまざまな意味で蜜月時代にあるがゆえに、日本に関する報道がいびつであるといった指摘にはうなず
小林秀雄没後30年の今年、彼の文章が初めてセンター試験に出題され、話題になった。「難解」との枕詞(まくらことば)がついてまわる文章なのに、ハマる人は後を絶たない。なぜなのか。 小林秀雄は「近代批評の神様」と呼ばれ、文学を皮切りに音楽、絵画、骨董(こっとう)など幅広い分野に足跡を残した。一方、その文章は作家の丸谷才一から「飛躍が多く、語の指し示す概念は曖昧(あいまい)で、論理の進行はしばしば乱れがち/入試問題の出典となるには最も不適当」とまで書かれたことがある。 センター試験に採用されたのは、刀の「鐔(つば)」についての随想。「鐔の面白さは、鐔という生地の顔が化粧し始め、やがて、見事に生地を生かして見せるごく僅(わず)かの期間にある。その間の経過は、いかにも自然だが、化粧から鐔へ行く道はない」といった言い回しが受験生を惑わせたのか、今年の国語は過去最低点を記録した。 小林本人が書いた逸話があ
■民主主義は意外と脆い 麻生財務相のナチス発言には重大な事実誤認がある。1933年1月、ヒトラーは大統領指名で首相になったのであり、「選挙で選ばれた」のではない。ワイマール憲法を無効化した全権委任法も、「だれも気づかないで」通ったのではない。 日本では、ワイマール共和国のことは、専門家を除いて忘却の彼方(かなた)に沈んでしまったようだ。しかし、日本は、この共和国を葬ったナチスと組んだ。大戦に伴う悲劇と国家犯罪は今でも尾を引いている。忘れるわけにはいかない。 第1次大戦の敗戦によるドイツ帝国の崩壊を受けて、ワイマールの町で起草されたためにこう呼ばれるワイマール憲法は当時の内相が「世界で最も民主的な」憲法と自画自賛した。内容はヴィンクラー『自由と統一への長い道』第1巻に詳しく紹介されている。先進大国で最初に男女平等の選挙権を導入した。アメリカより少し、イギリスやフランスよりずっと早い。「私有財
作家の川上未映子さんの講演では、「本が好き」「作品を通して川上さんに興味があった」という男女約300人が席を埋め、熱心に耳を傾けた。 講演のテーマは「読書はわれわれの何を作るか」。 ステージに上がった作家の川上未映子さんは、1年ほど前に朝日新聞社に送られた一通の投書が登壇するきっかけになったことを明かした。投書はある男子学生から来たもので「大学生の読書時間0分が5割に迫る、というニュースが物議をかもしているが、なぜ本を読まないといけないのか。本を読まなければいけない理由を教えてほしい」と、読書の本質を問うものだ。 「こんなこといったら身もふたもないけれど――読書に縁のある人、ない人っているんです」と、川上さんは言い切った。 えっ?という顔になる観客たち。では、なぜ世の中には読書しなきゃダメだって雰囲気があるの? と投書した学生と同じような疑問が湧きあがる。 「私は3人きょうだいの真ん中です
■管理しない方が人はよく働く 岐阜にある未来工業といえば、年間休日140日、残業禁止、定年70歳で給与は年功、育児休暇3年、社員800人全員が正社員……と、「夢のような会社」とマスコミで称賛される。 それには社員が「常に考える」という、並の会社以上に、努力と創意工夫が求められることを創業者で現相談役が打ち明ける。実際、指示待ち社員はここでは通用しないだろう。 原点は徹底した差別化戦略だ。電気設備資材という規格が法律で決まった業種でも、必ず他社と違う製品をつくる。そのため、他社と同じことはしない。 ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を禁止するのは、社員に権限と責任を委譲し、すべてを自分で考えさせるためだ。営業ノルマなしも自ら目標を設定させ、達成法を考えさせる。社員からの提案はまず実行し、失敗したら元に戻す。違う失敗なら100回でもOK。本社にコピー機1台と「ドケチ」も徹底するが、社員は1台で済
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