村上春樹は「文藝春秋」2006年4月号に「ある編集者の生と死――安原顯氏のこと」という50枚のエッセイを寄せる。 春樹を担当していたことのあった、編集者の安原顯のことを非難した小文だ。 安原は、春樹の自筆原稿を春樹の知らぬうちに個人的に保管していて、古書店に売ったようだ。 編集者としてあるまじき行為である。 ジェントルマンな物腰で身を固めている春樹が、優しさのオブラートで包みつつも、怒りの形相をあらわにして安原を告発している。 こんな負の色彩に彩られた横顔も、春樹にはあったのかと驚いた。 この小文のクライマックスは、自筆原稿流出の経緯について、春樹が安原をなじるところにある。 彼は我々の関係がうまく行っているときでさえ、いつか売り払ってやろうと思って自宅にこっそり原稿を貯め込んでいたのだろうか? もしそうだとしたら、そこにはやりきれないものがある。何かしら歪んだものがある。 このような死者