モスクワ裁判の舞台となった労働組合会館 モスクワ裁判(モスクワさいばん)は、スターリン時代のソ連政府がモスクワで行った反革命分子に対する「公開裁判」。全部で三回行われた。外国ジャーナリストに「公開」することでスターリンによる大粛清を国際的に正当化する意味を持った。ソビエト連邦最高軍法会議(英語版)に於いて提起され、裁判長はヴァシリー・ウルリヒ、検察官(英語版)はアンドレイ・ヴィシンスキーがつとめた。またこれらの裁判中、しばしばヴィシンスキーがソ連経済の混乱や国民生活の貧困を被告人たちの「陰謀」として追及するなどしており、スターリンの失政を覆い隠す意味もなした。まともな裁判ではなく茶番劇であるとして「見世物裁判(英語版)」と記す書もある。 1956年のスターリン批判以降、大粛清に関与したヤゴーダを除き、処刑された全員が1989年までに名誉回復されている。 概要[編集] 第一回モスクワ裁判[編