著: 朱野帰子 どこにでもありそうで、ここにしかない街「中野」 中野はどこにでもある街だと思っていた。そうではなかったと気づいたのは小説家になってからだ。 中央線快速「東京行き」に乗れば五分で巨大商業地・新宿に着く。逆の方向、「豊田行き」に乗れば、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪、吉祥寺と「住みたい街」として雑誌に特集される街が次々に現れる。でも、その境界に位置する中野には、ぶっちゃけ、みなさん、興味ないでしょ? Hanakoが「中野」特集を組んだことなんか、たぶんないですもんね。 中野で生まれ育った私は、小学三年生の社会科の時間に「私たちの中野」という冊子を配られた。覚えていることはわずかだ。徳川綱吉が出した生類憐れみの令に伴ってつくられた「お犬囲い」がかつて中野駅前にあったこと。その跡に中野陸軍学校が、さらにその跡に警察大学校がつくられたこと。そのくらいだ。 その名の通り「野」だった中野