私たちはなぜ研究をするのでしょうか。なぜかこの世にもたらされ、いずれ世を去る我々はなぜ研究をするのでしょうか。Read less
![研究の呪い](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/5bdca2e3ede7f86f21aa2af4c1730f8fc3cba79f/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fcdn.slidesharecdn.com%2Fss_thumbnails%2F20210319nlp2021ws4-210710154702-thumbnail.jpg%3Fwidth%3D640%26height%3D640%26fit%3Dbounds)
夕食後は一切研究をしないようになって、そろそろ2年が経つ。 多くの院生と同様、もともと私は昼夜の別なく、勉強や研究をやってしまう性質だった。考えてみれば中学受験の塾からして、学校が終わった後に始まり、夕食を挟んで夜まで授業が行われていたのだから、こうした習慣はかれこれ10年以上も続いていたことになる。もっとも、小学校から大学まで、学校というシステムは日中のほとんどの時間を拘束するものだから、宿題や予復習を考えれば、夜も勉強することが前提になっている。 その延長で、いわゆる研究者の卵として大学院に入り、毎日授業を受けるという意味での「勉強」から解放され、「仕事」としての研究に従事し始めてからも、私は昼夜を問わず研究活動に勤しんでいた。もちろん、四六時中研究をしていたわけではなく、休みも取っていたのだが、特に就業時間を決めずに、休みたい時に休んでいたのである。 やりたいときにやりたいことをやる
マル合という言葉は自分は全く聞いたこともなかったのですが、ジョブをゲットした先生と雑談していたら、そんなことは知ってて当然で、知らないとお話にならないよ、という口ぶりでした。そんなふうに言われたので、「え?そうなの?やば。」と思いました。教員になった人にとっては常識みたいです。教員の職に縁がなかった人にとっては、知らずじまいの言葉です。大学教員の職を得ようとしている人は、絶対に押さえておくべき事項のようです(たぶん)。私が大学教員のジョブをゲットできなかったのは、マル合という教員公募における雇用側の常識を知らなかったからなのかもしれません。マル合を知らずして、大学教員に応募するなかれ。 知る人ぞ知るマル合 大学院生に対して学位指導ができる教員は、「研究指導教員」(マル合)と呼ばれるのだそうです。 教員以外にはあまり知られていませんが、日本の大学院教員資格にはDマル合、D合、D可、Mマル合、
「千人計画」に関心が集まるが… 日本学術会議の会員任命拒否が大きな話題となるなか、中国の「千人計画」なる計画に関心が集まっている。 中国「千人計画」で日本の技術が盗まれる 参加の東大名誉教授が告白「中国は楽園」千人計画で「流出」する日本人研究者、彼らはなぜ中国へ行くのか 発端は自民党の甘利明議員のブログのようだ。日本学術会議が千人計画に関与していたとの記載をしており、訂正されている。 日本学術会議が「中国の軍事研究に参加」「千人計画に協力」は根拠不明。「反日組織」と拡散したが…学術会議が「中国の千人計画に積極的に協力」とした自民・甘利議員、ブログをひっそり修正 前回の記事でも書いたが、日本学術会議と中国科学技術協会間の協力覚書は高々A4一枚程度の長さのもので、実効性は乏しい。日本学術会議も否定しているし、加藤官房長官も否定している。 日本学術会議 加藤長官「『千人計画』の支援は承知していな
<注意> この様式は、日本学術振興会において定められたものです。各項目欄について、指定されたもの以外の項目の新設、記入しない項目の省略等、様式に加工を施すことはできません。 なお、各様式は、お使いの個々の動作環境によって、不自然な罫線のずれや改行、または文字化け等不具合が発生する場合があります。個々の動作環境にかかるお問い合わせには応じかねますので、その場合はお手数ですが適宜修正を施してご使用ください。
私は農業研究をしながら企業の研究者とディスカッションしたり、小中学校に市民講師として講義に行ったりすることがある。そうした場で気づくのは、研究を進めようにも進められない事態が進行しているのではないか、という危機感だ。 以下に紹介するのは私の経験がもとであり、日本企業のどれだけに当てはまるのかは分からない。だが、少なからぬ企業が本文と似た状況に陥っているらしい。経営者の方は、自社で似たようなことが起きていないか、いちどご確認いただきたい。行政や政治家の方は、研究開発と労務管理のあり方を、改めて研究者の方を交えて考えてみてほしい。 ハサミ使用禁止の学校 もう16〜17年前のこと。名古屋市の中学校に市民講師として授業をしに行った。指折りの進学校で、花びらから「リトマス試験紙」を作る授業を始めようとしたら「知ってるよ、アントシアニンって言うんでしょ。紫キャベツの汁も色が変わるんだよね」なんて声がす
I have some reasonably momentous personal news: I got a job. And I don’t just mean that I got a job, in the same sense that I’ve been employed doing research ever since getting my PhD. I got the job: the ostensibly permanent faculty position that so many of us have aspired to (and agonized over) since undergrad. I have accepted a faculty position in Physics at Ohio State University. I’ll begin in
ある女性の死 一人の女性の死は、多くの人の心をかき乱した。女性はNさん。享年43。 文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死「家族と安定がほしい」心を病み、女性研究者は力尽きた 日本学術振興会の特別研究員の中でも難しいとされるSPDに採用されたり、「普寂を中心とする日本近世仏教思想の研究」で第6回日本学士院学術奨励賞、第6回日本学術振興会賞を受賞するなど、目覚ましい活躍をしていた。 日本近世(江戸時代)の独創的な仏教思想家であり実践者である普寂(ふじゃく 1707-1781)の思想を分析し、従来の研究では形骸化した思想として軽視されがちであった近世仏教思想に対して、新たな視点からの再評価を行った。 出典:第6回(平成21年度)日本学術振興会賞受賞者 私は分野が違うので、研究内容の評価は難しいが、Nさんが日本学士院学術奨励賞を受賞したときに同時に受賞した生命科学者の後藤由季子博士や
あと1ヶ月ほどで、「平成」が幕を閉じる。平成とは私たちにとってどのような時代だったのか、さまざまな事件・出来事から激動の30年を見つめる「NHKスペシャル」のシリーズ「平成史スクープドキュメント」。第5回は、平成を彩ったノーベル賞に焦点を当てた。 平成に入って、自然科学系ノーベル賞を受賞したのは18人(アメリカ国籍取得者含む)。その中でも世界を驚かせたのが、2002年(平成14年)にノーベル化学賞を受賞した田中耕一だ。いち民間企業のエンジニア、修士号すら持たない研究者に化学賞が贈られたのは、世界で初めてのことだった。バブル崩壊の後遺症に苦しみ、「失われた20年」と言われた時代。中年サラリーマンの快挙に、日本中が沸いた。
「6年勤めたNTTを退職しました」という記事が、注目を浴びているようですが、この筆者が NTT を辞めた理由が、私が32年前(1986年)に NTT を辞めた理由とあまり変わらないのに、少々驚きました。 私が NTT を辞めた件に関しては、これまで色々なところで話しては来たのですが、まとまって文章にしたことがなかったので、これを機会に書くことにしました。普段ならメルマガ(週刊 Life is beautiful)の読者限定で書くところですが、今回だけは、出来るだけ多くの人に読んで欲しいので、ブログ記事として公開します。 当時、NTTは電電公社から民営化したばかりで、1985年に入社した私は、NTTとしては第1期生でした。大学は、早稲田の理工学部電子通信学科で、修士課程まで行きました(当時は、情報学科はまだ独立しておらず、電子通信学科がソフトウェアとハードウェアの両方をカバーしていました)。
最終退社時の自分の机 2012年に修士卒からの新卒でNTT研究所に入り、6年間お世話になりました。 研究所では同期や先輩や後輩や上司に恵まれ、存分に書籍や論文を読んで勉強して力を蓄えたり、対外的な発表の場にも恵まれ外ではできないような体験をすることができました。 ありがとうございました。 入社当時に作られたtogetterを見返すと togetter.com togetter.com まるで昨日のように感じられる。 NTT社内で僕が何をやっていたかについては言える物は軒並みアウトプットされているのでわざわざここでは触れない。 NTT研究所について NTT研究所を客観的に見た時にどうかを書いていく とにかく人に恵まれている。採用の倍率が高いのもあって潤沢な学生エントリーからよりすぐりのエリートが謎の力でポテンシャルを見極められて採用されている。同期を見てひと目ですごい奴も居れば、一見してわか
Abstract 計算機科学研究での記録のとり方 を書いてから半年ほど過ぎて、さらに知見がたまったので書き直します。情報系研究者が、紙ベース以外で研究ノートを取る場合に何をすれば良いか とにかく効率よく研究するにはどうするか をいくつかまとめました。改善案があればコメント希望、自分も研究効率をあげたいので教えてほしいですね。半年ぐらい経ったらたぶんまた書き直すと思います。 Introduction 本記事は、締め切りの明確に定まっている文章(上位国際学会論文、国際学会論文のrebuttal(反論)データ、学位論文)のための実験を円滑柔軟に行う上での効果的なノウハウを提案する。この内容は、筆者のいる研究室でのゼミ内容を幾分反映してはいるが、それだけにはとどまらない。内容はいくつかの段階に分けられる。 実装段階での工夫 実験デザイン段階の工夫 実験実行段階での工夫 Preliminaries
学術論文に日常的にアクセスできるかどうかは研究生活を支える最も重要なインフラの1つと言っていいだろう。大学・大学院を卒業し民間企業に就職してしまうと多くの場合は出版社と契約していないため、マトモに入手しようとすれば論文1本40ドルなどと吹っ掛けられることとなる。旧帝大をはじめとする恵まれた研究大学にいると論文が手に入るのは当たり前という感覚になるが、残念なことに大学の外に一歩出ればPDFなど落ちていない。運が良ければ著作権を無視した著者がresearchgateにupしたPDFがあるかもしれないが、多くの場合は「Purchase PDF」とボタンが出てきて諦めることになるだろう。東大の大学院を修了して地方国立大に異動したポスドクが「こんなに論文が手に入らないなんて」などと嘆くシーンも何回か見かけたが、その地方国立大の契約誌数ですら圧倒的にうらやましく感じるのがアカデミア外の在野の研究者生活
外来種問題は突然に 2014年7月某日、札幌市の円山原始林で私が出会ったのは、体長15cmもの巨大な豹柄のナメクジ、マダラコウラナメクジでした。私はそれを知っていました。過去に一度だけ、ドイツ・ドレスデンの森の中で見たことがあったからです。北欧原産のナメクジがどうしてここに? 慣れ親しんだ円山の森に現れた、不似合いな新参者との突然の出会いに、目眩がしました。私の知る北海道の生態系は、これからいったいどうなってしまうのか? 我々ヒトの生活への影響は? 体長15 cmほどのマダラコウラナメクジ 市民のブログが教えてくれた 予期せぬ出会いに衝撃を受けた私は、研究室に戻るや否や、飛びつくように現状を調べ始めました。わかったことは、マダラコウラナメクジが2006年に茨城県で最初に侵入・定着が確認されたということ、さらに2010年には福島県、2012年には長野県にも侵入し勢力を拡大しているということで
投稿日: 2018年4月2日 | 2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その9 まとめ 研究者の責任 はコメントを受け付けていません 2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その9 まとめ 研究者の責任 要約 特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしている。しかし、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっている。 ニホンウナギに関する研究は基礎研究に偏り、適切な応用研究が進められていなかったことが、その理由。 「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要。 研究者、特に大学所属の研究者には、政治的、経済的に独立した立場より、科学的知見と信念に基づいて、必要と考える対策を提案する責任がある。 日本におけるウナギ研究の現状 3月末をもって、2018年漁期のシラスウナギの採捕はおよそ終了しました。
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