「ちょっといいかな」妻は言った。3月中旬の朝。ダイニングテーブルの上のマグカップからはコーヒーの湯気が立っていた。「なにか…」と僕が言おうとするのを遮るように、彼女は「これ」と言った。彼女の前には一枚の紙が置かれていた。いつからそこにあったのだろう?まるで魔法のようにその紙はあらわれた。それが意味するものは明確で、内容を確認するまでもなかった。言葉は神だ。もし紙に書かれたものを読み上げたりすれば、それは現実になってしまう。その現実を認めることになる。 その紙が示す現実はひとつだけれど、受け入れる僕らには二つの終わりが提示されていた。はじまりと終わり。僕らは結婚して10年になる。暴かれた僕の罪によってこの関係は終わろうとしていた。線香花火の終わりのように最期に輝きを放つこともない、ただのジ・エンド。罪刑法定主義によれば、《犯罪とそれに科せられる刑罰はあらかじめ法律に 規定されている範囲にかぎ