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ブックマーク / blog.livedoor.jp/keitotsuka (8)

  • 戸塚啓オフィシャルブログ : 敗戦の足音をかき消した冷静さ - ライブドアブログ

    敗戦の足音をかき消した冷静さ 2011年01月26日09:45 カテゴリcolumn カタールとの準々決勝で味わったスリルは、序章に過ぎなかったようである。延長前半終了間際にリードを奪った瞬間は、これで勝てる、と思った。しかし、勝利の予感にはすぐに陰りが生じる。 韓国がロングボールを使ってくることを想定した日は、競り合いのあとのセカンドボールに注意を割いてきた。自陣で直接FKを与えてしまうことは多かったが、二次、三次と連なる波状攻撃はほぼ回避できていた。細貝の代表初ゴールで、97分にリードを奪うことができたひとつの要因である。今大会の韓国は準々決勝までに8ゴールをあげているが、ペナルティエリア外からはイラン戦の1点のみである。彼らのシュートレンジを考えれば、悪くない対応ができていた。 延長後半は違った。2-1となった直後に韓国が196センチの大型FWを投入し、力ずくのパワープレーを仕掛け

    masashichan
    masashichan 2011/01/26
    「主審のジャッジに翻弄されてきた今大会だが、オーストラリアはここまでひとりの退場者を出さず、PKも与えていない」
  • 戸塚啓オフィシャルブログ : あと一歩足りなかった本田の決定機 - ライブドアブログ

    あと一歩足りなかった田の決定機 2010年10月18日13:56 カテゴリcolumn アルゼンチンを1-0で退けたゲームに続いて、10月12日の韓国戦はポジティブな印象を残した。アウェイでのスコアレスドローは、守り抜いた結果ではない。前半はゲームの主導権を握り、後半は高い位置からのカウンターを効果的に浴びせた。 試合後の選手たちは、2試合を通じて得た手応えを口にしていた。3連敗を免れた安堵感が先行しなかったのは、新チームが順調なスタートを切ったことをうかがわせる。アルゼンチン戦との比較で言えば、センターバックのパス受け回数が増えていた。アルゼンチン戦では今野が20回、栗原が13回だったが、韓国戦では今野が44回、栗原が30回である。 センターバックのパス受け回数は、バックパスの多さを表わす。その瞬間に相手守備陣は押し上げることができ、日のアタッカー陣は自陣へ押し戻される。相 手ゴール

    masashichan
    masashichan 2010/10/18
    「センターバックのパス受け回数が増えていた」
  • 戸塚啓オフィシャルブログ : 松井大輔のハイレベルな駆け引き - ライブドアブログ

    松井大輔のハイレベルな駆け引き 2010年10月13日21:39 カテゴリcolumn 1-0で勝ってもおかくしないゲームだった。10月12日にソウルで行われた、韓国との親善試合である。 76分、長谷部誠の極上のラストパスから、松井大輔がペナルティエリア内左でシュートを放つ。トラップが外側へ流れたためにコースが狭まっていたが、とにかくシュートへ持ち込んだ。次の瞬間、相対するDFの右手が勢い良く跳ね上がった。「明らかなハンド」(松井)である。 ところが、ウズベキスタン人のラフシャン・イルマトフ主審は、何のアクションも起こさなかった。日のDFが同じプレーをしたら、おそらくはホイッスルを 口に運んでいたはずである。前半からところどころでホームタウン・デシジョンを感じさせていたが、こればかりは過剰な気配りと言わざるを得なかった。 しかしながら、悔やまれるのは松井のファーストタッチだろう。ソウルの

    masashichan
    masashichan 2010/10/13
    松井
  • 戸塚啓オフィシャルブログ : "日本化"はできなかった(2006-2010日本代表総括 Part.5) - ライブドアブログ

    "日化"はできなかった(2006-2010日本代表総括 Part.5) 2010年08月05日11:55 カテゴリcolumn 4年前に時間を巻き戻してみたい。 ドイツW杯でグループリーグ敗退に終わった2006年6月26日、ジーコが代表監督退任にあたって会見に臨んだ。敗因を聞かれたブラジル人指揮官は、「フィジカルの劣勢」を指摘する。相手のパワープレーがボディブローのようになったオーストラリア戦を念頭に置いているのは間違いなく、「体格差の壁を越えることができなかった」と総括した。「ドイツW杯で感じたのは、相手チームとの体格差だった。フィジカルの強い相手とやるときに、最初は耐えられても最後まで続かない。90分間を通して、相 手の攻撃に耐えられるようにならなければならない。ただし、これは個人の問題で片づけられるものではなく、若いときから鍛える必要がある。世界と対等に 戦っていくには、そういう部

  • 戸塚啓オフィシャルブログ : コンセプトの徹底(2006-2010日本代表総括 Part.4) - ライブドアブログ

    コンセプトの徹底(2006-2010日本代表総括 Part.4) 2010年08月02日13:00 カテゴリcolumn 怖かった、と岡田武史監督は語った。 「最初に引き受けた時点で、キリンチャレンジを2試合やって、タイとのW杯予選だと。予選なわけですよ。ムチャクチャ怖いわけですよ。それも、オフ明けですから。まずはコンディショニングをやらなきゃいけない。そんな状況で、『よし、これからはこういうサッカーをやるぞ』って言ったら、チームが大混乱するんじゃないかと。だから、いままでどおりの流れでやろうと。それでも、このグループならいけるだろうと」 イビチャ・オシム前監督の選んだメンバーでチームをスタートさせ、少なくとも3次予選までは大きくやり方を変えないつもりだった。ところが、3月のバー レーン戦で黒星を喫してしまう。「僕の考えが甘かった」と、指揮官は自らの見通しを恥じた。 バーレーン戦から2か月

  • 戸塚啓オフィシャルブログ : "脱オシム"への道(2006-2010日本代表総括 Part.3) - ライブドアブログ

    "脱オシム"への道(2006-2010日本代表総括 Part.3) 2010年07月31日11:42 カテゴリcolumn 悪くない滑り出しだったと記憶している。 2008年1月、僕は鹿児島県指宿市を訪れていた。岡田武史監督のもとで再スタートを切った、日本代表のキャンプを取材するためである。 初日からハイペースでトレーニングが行われた。いきなりゲーム形式のメニューが用意されていた。10日後にチリとテストマッチが組まれており、3週間後には南アフリカW杯の初戦を迎える。のんびりしている時間はない。それにしても、選手の動きは鋭かった。 「80パーセントに(体調を)あげてこい、って話だったんで。初日からこれぐらいやるんじゃない、ってウワサもあったから」 キレのいい動きを見せた大久保嘉人の表情に、じんわりと汗がにじむ。ランニングで先頭に立っていた中澤佑二は、「オシム前監督のチームとの違い」を聞かれて

  • 戸塚啓オフィシャルブログ : オシム時代のベストマッチ(2006-2010日本代表総括 Part.2) - ライブドアブログ

    オシム時代のベストマッチ(2006-2010日本代表総括 Part.2) 2010年07月27日11:34 カテゴリcolumn イビチャ・オシムのもとで戦った日本代表の、ベストマッチをあげろと言われたら──すぐに思い浮かぶのは、2007年7月のUAE戦である。 もっといい試合があるじゃないか、と指摘されるのは承知している。07年のアジアカップからベストと呼べるゲームをあげるなら、普通に考えればオーストラリアとの準々決勝になるだろう。 0-1とリードされたゲームを、わずか3分で同点に持ち込んだ反発力は見事だった。何よりも、オーストラリアに競り勝ったという事実は痛快だ。1-1と なった75分に相手が10人になったとしても、PK戦による決着だったとしても、ドイツW杯のリベンジを果たしたことには意味がある。胸のつかえが取れた ような気持ちになったものだ。 「PK戦までいっちゃったけど、勝ったのは

  • 戸塚啓オフィシャルブログ : オシムの取組み(2006-2010日本代表総括 Part.1) - ライブドアブログ

    オシムの取組み(2006-2010日本代表総括 Part.1) 2010年07月23日12:10 カテゴリcolumn 23分の4、なのである。改めて調べてみると、わずか4人しかいなかった。 2006年8月9日に行われたトリニダード・トバコ(T&T)戦に招集された18人のうち、先の南アフリカW杯に出場したのは4人だけだった。川口能活、田中マルクス闘莉王、駒野友一、長谷部誠である。この4人の名前を、最後まで覚えておいていただきたい。 T&Tを国立競技場に迎えた一戦は、言うまでもなくイビチャ・オシム元監督の初陣だ。台風の上陸が心配されながら無事にキックオフを迎え、17分と22分 に三都主アレサンドロがゴールを決めて2-0で快勝している。 この試合に先立って行われた就任会見で、オシムが「現在の代表を日化させる」と宣言したのは広く知られている。選手の選考基準については「誰かの真似を しないほうが

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