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ブックマーク / blog.goo.ne.jp/jchz (4)

  • 忘れ去られる死者/故郷はなぜ兵士を殺したか(一ノ瀬俊也) - 見もの・読みもの日記

    ○一ノ瀬俊也『故郷はなぜ兵士を殺したか』(角川選書) 角川書店 2010.8 いわゆる靖国問題では、国家による戦死者の顕彰が「国のための死」を強要した、と論じられている。しかし、兵士の苦難と死の顕彰を担ったのは、「国」ではなく、むしろ「郷土」だった。そこで、書は、日露戦争(1905年)から1995年の戦後50年までの間、「郷土」がいかに兵士たちを拘束し、やがて見捨てていったのかを明らかにする。 材料となるのは、戦前・戦後に各都道府県・市区町村が編纂した(したがって多少なりとも公的な)従軍者記念・顕彰誌と、前線兵士に送った慰問文・慰問誌である。著者は、これらの膨大な資料を時系列順に読み解いていく。 日露戦争直後には、愛国的感情に基づく戦死者顕彰が盛んに行われたが、大正に入り、平和な時代が続くと、戦死者の記憶は次第に風化していった。だが、第一次世界大戦後、再び日清・日露戦争の記憶が、教育的意

    忘れ去られる死者/故郷はなぜ兵士を殺したか(一ノ瀬俊也) - 見もの・読みもの日記
    maturi
    maturi 2015/09/13
    http://www.amazon.co.jp/gp/product/440952061X 一之瀬氏のこちらの「果たせなかった一億玉砕」と「残された者の自己認識」いう仮説も併せて あとhttp://www.joyoliving.co.jp/topics/200708/tpc0708036.html これ
  • 世界史の誕生/東インド会社とアジアの海(羽田正) - 見もの・読みもの日記

    ○羽田正『東インド会社とアジアの海』(興亡の世界史15) 講談社 2007.12 昨年12月に刊行されたではあるが、たぶん今年読んだもののベスト3に入ると思う。そんな確かな手応えを感じた1冊である。 東インド会社はヨーロッパで生まれたが、その活動範囲は、インド洋、南シナ海、東シナ海に及ぶ。17~18世紀の間、この海域では多数の人とモノが行き交った。アフリカや新大陸を含め、初めて地球が一体化し、真の意味の「世界史」が生まれた時代だった。しかし、従来の歴史研究は、ヨーロッパ各国の東インド会社を単位とするか、アジア各国における東インド会社の影響を著述するというかたちでしか行われてこなかった。書は、その枠を取り払って、200年間の世界全体の変化を書いてみようと志している。 この、あまりにも野心的な(無謀すぎる!)宣言を目にしたとき、私は胸のつまるような不安を感じた。しかし、著者は最後まで妥協の

    世界史の誕生/東インド会社とアジアの海(羽田正) - 見もの・読みもの日記
    maturi
    maturi 2012/04/14
    "近代ヨーロッパとは地理的な意味でのヨーロッパとそこに住む人々が独力で生み出したものではなく、地球規模で一体化した人々の活動,資源と産品の交流が総体として生み出した「世界全体の子供」であると著者はいう"
  • 唐物をめぐって/中華幻想(橋本雄) - 見もの・読みもの日記

    ○橋雄『中華幻想:唐物と外交の室町時代史』 勉誠出版 2011.3 室町日には、(A)文明の表象としての中華帝国へのあこがれと、(B)自身(自国)を中華に同化させ、周辺諸国(朝鮮・琉球)を見下す両極をもった対外意識が見られる。「中華幻想」とは、「ちょっといじらしくも複雑な、『帝国意識』の亜種なのだ」と著者は規定する。 書は、前掲(A)の面を論じた論文が多い。冒頭の「室町殿の《中華幻想》」は、その代表的なもの。義満の受封儀礼(冊封使との対面)の執行ぶりを検討することにより、義満が明側の規定を全く逸脱していること、したがって、明国皇帝の威光に心服し、「日国王」の冊封を受けることによって、天皇の権威を相対化し、皇位簒奪を図ったという説明は、明らかに無理があると結論する。 うーん、皇位簒奪説には私も違和感を抱くが、天皇を相対化する意図は全く汲み得ないのかな。受封儀礼の件は、日みたいな辺境

    唐物をめぐって/中華幻想(橋本雄) - 見もの・読みもの日記
    maturi
    maturi 2012/04/14
    "義満が明側の規定を全く逸脱していること、したがって、明国皇帝の威光に心服し、「日本国王」の冊封を受けることによって、天皇の権威を相対化し、皇位簒奪を図ったという説明は、明らかに無理があると結論"
  • 書物とともに/中国出版文化史(井上進) - 見もの・読みもの日記

    ○井上進『中国出版文化史:書物世界と知の風景』 名古屋大学出版会 2002.1 このところ、アメリカ関連ばかり読んでいたので、漢字文化が読みたくなって、つい買ってしまった。しかし、手を出すのは出張が終わってから、と自分に禁じていたら、著者の久々の新刊『書林の眺望:伝統中国の書物世界』(平凡社 2006.11)が、書店に並んでいるではないか。嬉しいけれど、ちょっと慌てた。まずは旧著から読んでいこう。 書は、中国の書物世界の歴史を概観したものである。「出版史」とは言いながら、記述は、印刷のはるか以前、中国文明において「書籍なるもの」が成立した時代から始まる。孔子の生きた春秋時代(紀元前6世紀)には、既に「読書」というタームが成立し、「自著」の意識が芽生え、支配階級や民間の学者には「蔵書家」が現れた。ただし、当時の「書籍」の形態は、当然、竹簡である。 魏晋以来、紙の使用が一般化し、唐代

    書物とともに/中国出版文化史(井上進) - 見もの・読みもの日記
    maturi
    maturi 2012/04/14
    "魏晋以来、紙の使用が一般化し、唐代に印刷術が登場する。宋代には、知識階級の拡大(旧貴族の没落→士大夫の成立)に伴って、営利出版と書籍の売買が、いちじるしく発達した。"
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