「衣にくっつけて油の中に放り込んだらおしまい」。早乙女がこう語るように、天ぷらは極めてシンプルな料理だ。しかし、そのなかで、ひとつひとつの工程をいかに深く掘り下げ、素材の風味をギリギリまで引き出すか。そこに、早乙女の本当の闘いがある。 例えば、キス。鍋に入れてから2分、全体に熱が通り、揚げたくなる頃合いだ。しかし、早乙女は揚げない。何度も何度もキスをひっくり返し、ギリギリまで水分を抜いていく。キスは水っぽい魚だけに、長く揚げることで余分な水分を抜ききり、素材本来の繊細な風味を浮かび上がらせるのだ。 一方、エビは、一転して短期決戦を仕掛ける。狙いは、エビの甘み。通常180度で揚げるところを220度まで火力を上げて、23秒前後で一気に揚げる。そうすることで中心だけはレアに保ち、また、温度を人間が最も甘みを感じやすいとされる45度に仕上げる。 早乙女の手法は、一歩間違えれば、失敗につながりかねな