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ブックマーク / mojimoji.hatenablog.com (11)

  • メタメタゲームを降りてみる - モジモジ君のブログ。みたいな。

    この前ダーウィンの悪夢という映画を見ました。アフリカの貧しさとその上に成り立ってる先進国の幸福を切り口にした映画でしたが深い感銘を受けました。しかし私はそんなアフリカに対して何もしませんでした。映画を見て切なくなり、自己反省しただけのナルシストだと思いました。/ホームレスを見て嫌悪感を示す人、ホームレスなんて怠け者なんだから自業自得、と切り捨てる人がいます。そして、ホームレスに無関心な人、どうせおれらは何もできないんだから、心痛めたってしょうがない、という人もいます。/そして、私のようなタイプですが、ホームレスをヒトゴトとして捉えず、しかし助けることもしないが、心を痛めてる人もいます。そしてそんな卑怯な自分を責めています。/ホームレスを嫌悪するでもなく、他人事とするでもなく、せめて何もしてあげられないまでも自分の卑怯さを直視している立場はまだましだ、と思っていました。/しかし、それは最近違

    メタメタゲームを降りてみる - モジモジ君のブログ。みたいな。
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    mind 2007/04/20
    メタにもぐりこむ人は、そのまたメタがあることを(都合よく)忘れる ――普遍的な物言いである限り、何を言っても自分にはね返ってくる。
  • 萌え絵に萌えて何が悪い!と言うだけでいいのか? - モジモジ君のブログ。みたいな。

    ロリコン化する社会雑考@G★RDIAS 個人的にも大事な論点だと思っててブックマークしたら、ブクマが8つもついてしまった。kanjinaiさん曰く、「軽く書いたのに、なんかいきなりブックマークで注目されてしまってあせってますが・・」。スイマセン。責任とって記事書きます。…とはいえ、以下に書くことは、僕自身の問題意識であって、文責は当然僕自身にあります。 kanjinaiさんのコメントを、少し引用する。 私が具体的に法的規制を提案しているのは、幼い少女(少年)の実写イメージについてです。絵柄の法的規制までは今回は訴えてはいません。今回訴えたかったのは、「萌えは健康だよ〜」「萌えには性的意味はないよ〜」「萌え図柄を社会にばらまいても誰も傷つけたりはしないよ〜」というのは<嘘>だということです。マスコミは、その嘘に乗っかったうえで、萌え記事を発信しているが、これは問題視したほうがいいというが私の

    萌え絵に萌えて何が悪い!と言うだけでいいのか? - モジモジ君のブログ。みたいな。
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    mind 2007/04/03
    消極的な正当化ではなく、その表現の意味するところに内在して擁護するのが必要なマナー ――/内容に立ち入ると価値相対主義に抵触する虞れ。 →場所とか態様で区別(;ゾーニング)できればそれでとりあえず十分。
  • モジモジ君の日記。みたいな。 - 従軍慰安婦問題──何が問題なのか

    広義の狭義のと、安倍がこの問題についてロクに知らないのがよくわかる。手元に資料がないので大雑把になるが、従軍慰安婦問題の何が問題なのか、簡単に整理してみる。 第一に、軍の行く先々に慰安所を開設することは日軍が立案して業者を手配している、つまり、日軍が完全にイニシアティブをとっているという点がある。日軍にとって慰安婦は軍需物資であり、慰安所は兵站の一部だった。業者が軍の需要を見込んで慰安所開設を持ちかけた、という形のものではない。 第二に、業者が慰安婦を徴用する際に、「兵隊の事の煮炊きなどのお手伝いの仕事がある」などの嘘による勧誘、前借金や暴力的威圧などによる強要といった手段が多く用いられた点がある。多くの証言から、兵隊や官憲が直接行ったというケース(狭義の強制)は報告されておらず、軍の依頼を受けた業者が行った(広義の強制)のが一般的だった、ということになっている。ただ、いずれにせよ

    モジモジ君の日記。みたいな。 - 従軍慰安婦問題──何が問題なのか
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    mind 2007/03/09
    軍の行く先々に慰安所を開設することは日本軍が立案して業者を手配…完全にイニシアティブ。慰安婦は軍需物資、慰安所は兵站。業者が軍の需要を見込んで慰安所開設を持ちかけた形ではない。 ――ぁぁ、従軍峠。
  • 教育を行政が支配するとどうなるのか - モジモジ君のブログ。みたいな。

    教育が行政を支配するとどうなるのか。つまり、教育法が与党案の線で改正されるとどうなるのか。私たちはそのサンプルを既に知っている。教育行政がどれほど無知で無責任で狡猾で嘘つきであるのか。この10月に出たばかりのだが*1、国旗・国歌法制定以来の経緯が、丁寧な実例とともに整理・紹介されている。 子どもが見ている背中―良心と抵抗の教育 作者: 野田正彰出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2006/10/13メディア: 単行 クリック: 1回この商品を含むブログ (6件) を見る 目次は次のとおり。右側に簡単な内容を紹介。 Ⅰ 「心の教育」が学校を押しつぶす 「心のノート」など心理主義的ナショナリズム導入の契機となった1998年中教審答申の批判。 Ⅱ 「民間人校長」は、なぜ自殺したのか 「民間人校長」をトップダウンの教育行政貫徹の道具として扱う教育行政の実態。 Ⅲ 「君が代」強制によって、

    教育を行政が支配するとどうなるのか - モジモジ君のブログ。みたいな。
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    mind 2006/11/13
    行政が教員をいじめてて、子どもの間でいじめが起こるのは当然。行政がいじめを作出し、いじめを理由として行政支配をさらに進める。マッチポンプ ――たしかに軍/警察とか序列的な閉鎖空間でいじめが多いんだよな。
  • 国民主権をどう考えるか - モジモジ君のブログ。みたいな。

    「思想の左右に関係なく「改正」に反対すべきである - モジモジ君の日記。みたいな。」へのブクマコメントより。補われるべき問題点は二つある。第一に、現場の教員たちの規律をどのように確保するのかに言及がないではないか、第二に、民主的システムによって選任されているのだから国民主権は貫徹されているのではないか。差し当たり、第二の問題に答える。 id:ssuguru氏のコメントを取り上げよう。 行政府だって国民主権および(間接的だけど)民主的統制のもとに運営されているのだから「民主主義を否定しない限り」というのは言い過ぎ。適切で痛烈な批判を望む。 行政府は内閣の統制を受けており、内閣は国会の首班指名によって統制を受けており、国会は選挙による統制を受けている。よって、元を辿れば国民主権は貫徹しているではないか、という意味で取ればよいだろうか。 主権者とは権力行使者を選任するだけのものではない 単純な指

    国民主権をどう考えるか - モジモジ君のブログ。みたいな。
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    mind 2006/10/28
    国民主権の本体は権力行使を制約する「網」である ――憲法制定権力の問題? 授権規範かつ制限規範という… {権力と権威との関係 は私にはよく分りません;
  • 思想の左右に関係なく「改正」に反対すべきである - モジモジ君のブログ。みたいな。

    教基法「改正」に反対の声を上げているのは主に左っぽい人たちなわけだが、しかし、この「改正」の問題点は左派的価値観にのみ関わりのあることではない。政治的立場を問わず一致して反対すべき問題点に絞って提示してみたい。 教育法「改正」を問う―愛国心・格差社会・憲法 作者: 大内裕和,高橋哲哉出版社/メーカー: 白澤社発売日: 2006/06メディア: 単行 クリック: 3回この商品を含むブログ (6件) を見る 参考資料はこの。前半が高橋哲哉&大内裕和の対談、後半が大内裕和氏による問題点の整理という構成。後半部を参考にしつつ論点を抽出する。 教育の目的の変更:「個人の価値」の尊重から国策としての人材育成へ 教育主体の変更:主権者から教育行政へ 新自由主義的理念へのシフト 平和憲法との切断、改憲への布石 1は愛国心、3は格差社会、4は憲法との関連で左派の関心を集めているところでもあり、あちこ

    思想の左右に関係なく「改正」に反対すべきである - モジモジ君のブログ。みたいな。
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    mind 2006/10/05
    ――/国内問題で国民主権…@@? <現場/教師を監督するのは、親/地域住民か、「全国民」を笠に非公選の独立行政委員会か。<左翼教師も「全体」を楯に抵抗、右翼は「教育の自由」を行使して家庭教育という反転現象。
  • ビラまき訴訟・Nazume氏とのやり取りの総括 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    やり取りを時系列で並べてみる。 他者の到来を否定する東京高裁 - モジモジ君の日記。みたいな。 相手の主張をつまみいするご都合主義者の君へ - モジモジ君の日記。みたいな。 話の筋が見えていないご都合主義者君へ - モジモジ君の日記。みたいな。 Nazume氏の応答は一旦収まったので、今回のやり取りからいろいろ考えたことを書いてみたい。やり取りそのものは、ありえる(外した)批判であり、ありえる(凡庸な)返答であったので、その意味では新しさは特にない。しかし、他者の訪れというものが一体何であり、それがどのような意味・可能性を持つものなのか、それをNazume氏の訪れに即して説明することは、事態の推移を見て知っている人には分かりやすい素材になるだろうと思うからだ。ひとまず、順を追って整理してみたい。 ◇ 匿名性について 題に入る前に、最初に述べておきたいことがある。Nazume氏は、匿名で

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    mind 2006/08/31
    ――「私の好きな人以外コメント禁止」みたいに曖昧な意思表示で、刑罰範囲を設定されると表現の自由が萎縮。アク禁すなわちカギを閉めるという客観的な行為ですれば十分という実例w リアルでは不退去罪もあるし。
  • 科学における実在論と非実在論 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    興味深い*1。 やり取りを時系列で並べると、次のような感じ。 「OCNブログ人のサービス終了について|OCN ブログ人」 「トンデモという決め付け - 酔狂人の異説」 カワバタさんのコメント 「トンデモという決め付け(2) - 酔狂人の異説」 カワバタさんのコメントその2 & 「OCNブログ人のサービス終了について|OCN ブログ人」 「トンデモという決め付け(3) - 酔狂人の異説」 カワバタさんのコメントその3 【06/05/14追加】 「OCNブログ人のサービス終了について|OCN ブログ人」 「実在論とは - 酔狂人の異説」 最後のやり取りを引用。 カワバタヒロト『それでは、一点のみ。「あらゆる構成物は、自然法則や社会的なルールなどに制約されており、何でもありなどではない」とのことですが、それは実在論の立場です。なぜなら、自然法則の実在性を認めてらっしゃるから。 つまり、酔狂人さん

    科学における実在論と非実在論 - モジモジ君のブログ。みたいな。
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    mind 2006/05/21
    僕なら実在論+可謬主義で実在論的構成論のエッセンスを伝えるのがベターな気がする。 ――私も、実在論 + 可謬主義/懐疑主義 の立場。 (構成論/構成主義,……実証主義?… などについて詳しく知りませんが。
  • 暴力の区別について - モジモジ君のブログ。みたいな。

    物理的暴力も精神的暴力も、破壊的な暴力も抑圧的な暴力も、行使による暴力も不行使による暴力も、とにかくありとあらゆる様々な違いを排除して、それらを「暴力」と一まとめに表象する必要は、少なくとも一度は、ある。しかし、一まとめにした一切の暴力を、一度に、廃棄してしまう、などということは、まったく不可能なことであり、そのように述べる人は、アホであるか嘘をついているかのどちらかだ。以下は、id:x0000000000さんに教えてもらったデリダの発言。 私たちは夢想家ではありません。この観点からすれば、どんな政府や国民国家も、その境界を完全に開くつもりがないことは承知していますし、正直なところ、私たち自身もそうしていないことも承知しています。家を、扉もなく、鍵もかけず、等々の状態に放っておきはしないでしょう。自分の身は自分で守る、そうですよね? 正直なところ、これを否定できる人がいるでしょうか? しか

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    mind 2006/05/10
    ――{権力制限論。<謙抑性/懐疑主義論 <より制限的でない他に取りうる手段 がない場合に限る、みたいな実体論。<適正手続権保障論。<事後的回復論。<連続的微分的な保守的改革論
  • 国家と反国家──(1)憲法 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    「国歌斉唱のときに座り続けること(Life Studies Homepage)」 これに関して考えようとしたら、国家についての話に終始して、国旗・国歌の話に入れなかった。国旗・国歌は後回しに。 個々の人間と国家は、相補的でありながら、対立的でもある。国家は我々を保護する装置であると同時に、抑圧する装置でもある。国家の保護とは、治安であり、戦争である。国家の抑圧とは、やはり治安であり、戦争である。国家を国家たらしめているものは、監獄と軍隊である*1。 言うまでもなく、憲法第9条の意義はここにある。辺見庸は言う。「・・・国家を永遠の災厄とする考えにくみするのならば、なぜ、国家存立の基的条件を定めた根法である憲法を受容するのか、という問いに再び戻る。私の正直な答えはこうである。それは、日の現行憲法の根幹が、言葉のもっともよい意味において、すぐれて「反国家的」だからだ」*2。日国憲法は、国

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    mind 2006/04/15
    国家をして、国家を必要としない世界に向けて稼動する装置たらしめなければならない。 ――とりあえず、国際連合を国家連邦に格上げか??
  • 律法主義者の浅はかさを哂う - モジモジ君のブログ。みたいな。

    id:otsune氏からコメント。速攻レスします。 犯罪行為になるのでなければ何をやってもいいわけではないでしょう。 それはmojimojiさんの倫理感ですね。明文化されていない不文律をさも「そのぐらい当然気を使うべきだ。それをしないのだから非難するのだ」と無理筋で根拠にされても「はい。そうですか。でも私は法を根拠にした倫理観で行動しているので、価値観の違いですね」としか言えません。 つまり「otsuneは法的な倫理観が有るが、mojimoji的倫理観にはそぐわない」と言っているのだという意味ですよね。 それは同意しますよ。別に問題だとは思いません。(ギャラリーの目からは、そんな明文化できない根拠の無い事で騒ぐmojimojiさんの異様さが際立ちますし) http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20060330/p1#c1143691541 そーらきた。という感じです

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    mind 2006/03/31
    法がないところというのは、一人一人の倫理観が交錯しながら規範を立ち上げる場所であり、規範そのものがあってはならないところではないのです。 ――一般論として妥当。ただし事実関係は未調査…
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