コンピューターを使っているとアイコンを目にしない日はないほど、アイコンとコンピューターは切っても切れない関係にありますが、今日使われているアイコンに大きく寄与した人としてグラフィックデザイナーのスーザン・ケアさんが挙げられます。Apple社員として働いていたケアさんですが、彼女が一体何をして、どのようにアイコンの未来を切り開いたかについて、Priceonomicsがまとめています。 The Woman Behind Apple's First Icons http://priceonomics.com/the-woman-behind-apples-first-icons/ ◆グラフィカル・ユーザー・インターフェースの歴史 1984年にMacintoshが発売された時、シンプルで親しみやすいインターフェースが売りでした。しかし、このシンプルなインターフェースが完成するまでには歴史があったの
カリフォルニア州サンタクルーズマウンテンズ発--Appleの歴史として一般的に語られている話では、Steve Jobs氏とSteve Wozniak氏が創業したばかりの会社を、雲を突き抜けるほど急激な成長と財政的な成功に向けて発進させたのは、2人が作った2つ目のコンピュータ「Apple II」だったということになっている。ビジネスソフトウェアやゲーム、芸術向けのツール(ほかにもたくさんある)を1台で使えるプラットフォームとしてApple IIが成功を収めたことは、後の初代「Mac」の発売や、さらに後の「OS X」や「iOS」端末のための下地となった。 多くの人が忘れていることがある(あるいは知らない可能性もある)。1977年4月にApple IIが第1回West Coast Computer Faireで発表されたとき、同機にはディスクドライブが搭載されていないという今考えれば明らかな欠点
スティーブ・ジョブズは「コンピュータはこうあるべきだ」という視点から物事を考えることが出来る稀有な才能を持った人でした。 「こうあるべきだ」という意見は、見方によっては個人の価値観の押し付けに他なりません。 ジョブズはその価値観の押し売りを率先してやりました。 逆に「いま世間で何が売れているか?」を観察し、その時流に迎合した製品を慌てて企画するというやり方を心から軽蔑していました。 これはつまり「is」ではなく「should」に基づいた経営です。 おのずとアップルの製品作りにはジョブズの審美眼が色濃く反映されます。アップルの新製品発表会がエキサイティングだった理由はこの卓越した未来の予見者からの「ご神託」が聞けたからです。 そのジョブズも常に正しかったわけではありません。失敗作もいろいろありました。 彼個人の主観を消費者に押し付けるわけですから、その全てが受け入れられるわけではないのです。
Appleが1987年に予想した未来が18日遅れで実現されてる。(動画あり)2011.10.05 20:307,962 1987年にAppleは将来のコンピュータのあり方についての動画を作成しています。それが昨日発表された、iPhone 4Sそのものなんです。しかも、この動画、2011年9月16日という設定。プレゼンは10月4日だったので、そのズレはたったの18日! すごい。 1987年、当時のCEO、John Sculleyは、Knowledge Navigatorというコンセプトを打ち出しました。それは当時としては、とっても斬新なものでした。でもみなさんご存知の通りKnowledge NavigatorはSiriという形で実現することが発表されましたね。もちろん、Siriはビデオに出てくるみたいな蝶ネクタイをつけた男性ではありませんでしたが。 Appleが24年前に構想していたことを実
コンピュータの歴史にとても興味がある、あるいは若い頃のテクノロジに再び目を向けてみたいと考えている読者の方は、本記事で紹介している博物館サイトを訪れてみてほしい。こういったウェブサイトでは記事や写真、フォーラムが提供されているほか、初期のPCのテレビコマーシャルを視聴することもできる。 筆者は、コンピュータの歴史を扱っているウェブサイトの閲覧や、コンピュータの歴史についての番組を視聴するのが大好きである。なぜかって?こういったウェブサイトを閲覧することで、自らの過去を当時とは違った視点から眺めることができるためだ。その例を挙げると、筆者はApple IIコンピュータ上のApplesoftを使ってプログラミングを始めた当時、これがビジネス向けの素晴らしい言語だと考えていたのだった。何てこったい! 筆者のような老いたIT技術者の思い出話で読者の方々を退屈させるのはやめにして、コンピュータの歴史
ケーン・クレイマー(Kane Kramer)という発明家は、ご存知ですか? 今から30年前にiPodの原型を発明したイギリス人です。 上図が、そのiPodのご先祖「IXI」。 わずか3.5分ですが、楽曲が保存できる電子端末です。 1979年、当時23歳だったクレイマーさん(15歳までしか学校は行ってません)はこれで特許を取得し、開発会社を設立、試作機を組み立てました。これが平凡な暮らしから抜け出すチケットになるはずだったんですが、1988年に役員会が分裂し、120カ国をカバーする特許の更新に必要な6万ポンド(925万円)の出資が集まらず、更新を断念。そのまま特許は公有財産となってしまいました。 時は流れて2008年秋。 iPodの好調で前年比利益過去最高を記録した直後のアップルからクレイマーさんの元に、いきなりSOSの国際電話がかかってきたのです。 アメリカ訛りの女性は「アップルで法務業務
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