前回、現代の教養難民問題である近年の高学歴ワーキングプア問題についてふれた。わたしの大学院生時代には教養難民はそれほど目立ってはいなかったが、いまからみれば、近代日本における高学歴者問題の小春日和の時期だったからである。歴史的にみると、高学歴ワーキングプア問題は、いまにはじまったことではない。すでに何回も経験しているのである。そのはじまりが、明治40年代の高等遊民問題である。 漱石と高等遊民 高等遊民という言葉は、夏目漱石によるものとおもう人がいる。おそらく芥川龍之介の『侏儒の言葉』に「露悪家」「月並み」などとならべて、「高等遊民」も「夏目先生から始まってゐる」とあることによっているだろう。 たしかに高等遊民という言葉に独自の意味を充填したのは夏目漱石である。漱石の造形した高等遊民像は『それから』の長井代助に体現されるような人間像である。「パンに関係した経験は、切実かも知れないが、要するに