ブックマーク / akarinomori.hatenablog.com (35)

  • 吾子の力 - あかりの森's blog

    おおかた、私はその時、疲れていたのだと思う。最後の家事を終え、子供達が眠る寝所へ向かい、怠い身体を横たえて目をつぶった。眉間の辺りがぼうっと熱くなり、意識もせぬのに、涙が次々こぼれ落ちた。灯りを消し、カーテンを引いた真っ暗な寝室である。川の字で寝ている私達は互いの寝息が聞こえる距離に転がっている。眠りが深い長男は、奥で寝息を立てている。側に眠る次男は暗がりで顔は見えないが、ぴたりと動きは止まっている。 さめざめ泣く私は、闇の中の小石となって、じっとしていた。すると、温かい小さい手が私の頬に当てられた。「大丈夫だよ」と、次男が言った。彼の身じろぎの気配がして、湿った唇が私の額と頬に触れた。「おたーしゃん、大好きだよ」と、淡い闇の中で彼の声が続く。「大丈夫かなあ」と思わず、私は彼の手を握っていた。「大丈夫だよ」と彼の柔らかい吐息が触れた。 こんなに支えられ、私は生きている。自分の命に、重みが戻

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    mon_tyan 2020/05/26
  • 美味しい餡子に一つまみの塩 - あかりの森's blog

    少し不満が生まれる社内の方が、実は正常なのだ。「ちょっとどうにかなんねぇかな」と、人知れず舌打ちをしているくらいで丁度良い。大勢の人の中で働いていれば、自ずと生まれるのが軋轢である。価値観が全く同じ人同士で、一件のプロジェクトを始動させるわけではないから、当たり前だ。噛み合わなくてもいい、噛み合わせようとする努力と配慮と思いやりがあって、その上で噛み合わないのなら仕方がない。 「ちょっとどうにかなんねぇかな」と、皆が少しずつ良い知恵を出し合って、情熱が傾くうちに、相手と気まずくなったり、協力したりを繰り返して「どうにかなっていく」事は多い。どうにもならなくても、互いをその時、誠実に尊重し合えていたという思い出は残るので、得る物はきっと大きい。どうにもならなくても、確かにそこには「どうにかしよう」と奮闘した人達がいたはずだ。少しの不満と、誰かの為に働いた人と、戦友への情と、すがすがしい次の日

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/05/16
    そうか、たしかに。
  • 事故現場あるある - あかりの森's blog

    下唇の左側にひどい青あざができた。面積で言うと、鶏の卵ほどだ。唇が切れて咥内には裂傷と共に、自分の歯型が刻まれた。 怪我の原因は、次男の頭突きだった。彼を抱き上げようとしてしゃがんだ私と、立ち上がろうとした彼との力の方向が、正面衝突する形になったのだ。事故の瞬間、私の視界は激しく揺れ、軽い脳震とうが起こった(と思う)。景色がブレて平衡感覚がなくなった私は膝をついてうずくまった。頭上の衝撃と、脳天の痛みでビックリした3歳の次男は、立ち上がりかけた姿勢のままでしばらく固まっていた。 歯の2、3は、確実に折れたと思ったが、幸い、無事であった。だが、翌日には、無理な力が加わった影響か、上顎が僅かに痛みを発していた。 ただ、一番ひどかったのは衝突箇所である下顎の周囲である。鏡に映してみて、ゾッとした。 悲惨なDVを受けたようにどす黒かった。 コロナ禍のためマスクが必須の昨今で良かったとは、決して人

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    mon_tyan 2020/05/11
    あるあるの事故ですねー。でもそこまで酷いのはあるあるじゃないっ( ゚д゚)!お、お大事に😢
  • お父さん、お母さん、貴方はアカデミー賞受賞俳優です。 - あかりの森's blog

    鬼が出たぞー! と、 相手が襲って来たら、 気で怖がって逃げて下さい。 たぶん、しつこいくらいに 奴は追いかけて来ます。 洗い掛けのお皿が気になったとしても 見たい番組がCM明けだとしても とにかく、 全力で、 化け物に追われる主人公を演じて下さい。 迫真の演技で、 鬼気迫る顔で、 襲い来る恐怖に打ち震えて下さい。 相手を図に乗らせて下さい。 子供は 調子に乗らせると、 際限なく、頑張ります。 ええ、頑張らせましょう。 頑張って、怖がってもらえると 楽しくなっちゃいます。 ブレーキをかけるのは そこからでもいいじゃあないですか。 物分かりの良い賢い大人は 後でいくらでも演じる事が 出来ますよ。 貴方は アカデミー賞受賞俳優です。 しかも、 一流の助演俳優です。 新人俳優を、 とびきり輝かせてやる為に 今こそ、 豊富な経験を発揮してやりましょう。 ドンとこい、多少の演技不足も こっちがカバ

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    mon_tyan 2020/05/04
  • 「隠」 - あかりの森's blog

    鬼という存在が好きなのだ。悪魔とか死霊とか疫病神とかとは少し違う。いや、それらの物も煮詰めてしまえば「オニ」になる。 我が家では、よくオニが出る。歯磨きしない子の所にも、朝寝坊の子の所にも、喧嘩ばかり繰り返す子の所にも、オニが訪ねて来る。夜、いつまでも寝床に入らないでいると、戸の隙間から、煙のようにオニが滑り込んで来て、夜更かししている子供等をひっ捕まえて「友達」にしてしまう。この物語は、子供達には当たり前のルールであり、とても怖い決まり事である。 「疫病」の象徴であった鬼もいる。赤鬼の「赤色」は天然痘に罹った患者の皮膚の色であったとか。自然界の脅威を形あるモノで表したら鬼になったというのもある。山の神が恐ろし気な姿で描かれるのもそれ。または、神様が善行を人に積ませる為にわざわざ怖い姿で脅しにやってくる場合もある。ナマハゲはその代表格か。 恐れる、敬う、律する、礼する、その流れのあちこちに

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    mon_tyan 2020/05/04
  • ひとつ飛ばしなんて。 - あかりの森's blog

    人は習慣で出来上がっていると思うので、「そういう人」は「そういう習慣」が作り上げた「製品」だとも考えられるでしょう。 人の悪口を言う人は、人の悪口を言う、という習慣が作り上げた「人の悪口を言う製品」なのです。人を大切にする人は、人を大切に扱う、という習慣が作り上げた「人を大切にする製品」です。 人は取り組まないと、その物事には慣れません。繰り返し練習しないと、それの精度はあげられないものです。ですから、数学が得意な人は、必ず、数学に取り組んで日々を過ごしていますし、人づきあいが上手な人は、日々人と接するスキルを磨いているはずです。得意、不得意、も、もしかしたらある程度は訓練でどうにかできるかも知れません。あるいは、訓練なくしては、どうにもならない部類の話かも知れません。 人の上げ足を取る人は、日常的に、人の上げ足を取る取り組みをしています。相手のアラさがしなどは、意識して相手を眺めていない

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/03/18
    はい!
  • つなぐ一輪 - あかりの森's blog

    職場のトイレには、いつも花が飾られています。手洗い場の脇に、小さな花瓶に活けられた季節の花があるのです。小さな出版・印刷会社ですから、ビルメンテナンスの業者などは入りません。所属する会社の社員が自発的に自前で花を持ってきては飾っているのです。 私がそれを知ったのは、入社して間もなくでありました。手洗い場に生花が飾られているのは入社試験の頃に気付いていました。こぢんまりとした古い会社で従業員も40人ほど、地元で愛される中小企業です。よほど大きな会社でも、通路や部屋こそどっしりとした観葉植物が据えられてはいても、手洗いには埃を被ったビニール製の造花が置いてある様は、よく見る風景です。 良いも悪いも全部がないまぜになっているのが、人が作る会社というものだとは思います。一端を見て悟った風な事を言うのは早計ですが、それでも、私は、小さな会社の、手入れが行き届いた古めかしいトイレに、丁寧に飾られている

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/03/15
    私も勤め先の学童にちょこちょこ庭の花を持っていきます。たまに気づいてくれるとすごく嬉しいです。
  • まこと - あかりの森's blog

    つまるところは、自分を助けてくれるのは、自分が自覚している「誠実さ」であるという事なのです。 仕事をしていると、失敗や成功は分刻みです。目論見がはずれる事もあり、また予期せぬ棚から牡丹もあります。知識のあるなし、経験のあるなし、生まれ持った器用、不器用は、周辺の方々がある程度持っているオプションでしかありません。根性論では、課題を切り抜けるには息が切れてしまいます。そこで、こればかりは、自分の力に成り、同時に、それでしかカバーしきれないというのは「誠実さ」ではないかと最近やっと考え至りました。 「真面目」は「誠実さ」に含まれるかも知れません。ですが「誠実さ」は「真面目」よりも更に推進力が宿るような気がするのです。仕事に対して、誠実か、誠実でないか、を、当に一番分かっているのは相手の取引先でも、自社の上司でも、同僚でもなく、自分自身なのですよね。誠意をもって取り組んでいるか、自問すれば分

    まこと - あかりの森's blog
    mon_tyan
    mon_tyan 2020/03/10
    ちょうど違う方のブログにも同じようなコメントしたとこですが、誠実さと素直さえあればなんとかやっていけると思っています。結局。
  • あかりの森のちっこい妖精さんから - あかりの森's blog

    いつも、あかりの森にご訪問、ありがとうございます。あかりの森の「森主」から伝言です。 『コメントを下さる皆様、ブックマークしてくださる皆様、そして何より、このあかりの森に訪ねてきてくださる温かな方々へ、重ねてお礼を申し上げたいと存じます。 励ましのお言葉、嬉しい賛同のお言葉、キラキラとしたスターマーク、それぞれにありがたく頂戴しております。日々の忙しさにかまけて、お心を受けるばかりの日が続いております。この際、(皆様のブログに)表敬訪問という形はとらない事にいたしました。どのブログにお邪魔して、どのブログにお邪魔しない、というのはかえってよろしくないと存じました。 自分の森に一植えた木に、責任を持って水をやり観察をし、手入れをしていくことが、私らしく、私ができる範囲の精一杯だと思いますので、これからもしばらくは、あかりの森は、あかりの森のまま、「森主」の私は「森主」として、丁寧に我が

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    mon_tyan 2020/03/10
    もちのろんでー。毎回コメントしたくなるけどグッと抑えておる私です。これからも自由に表現してください♪
  • 「不便」を買う。 - あかりの森's blog

    べ物を盛るだけなら、器は質を問わなくても構いません。新しくても古くても、地味でも奇抜でも、量産品でも一点物でも、何でも良いのです。そこに、その一椀、一皿、一揃えが、好きか嫌いか、使いたいか使いたくないか、だけが必ずあるだけです。 次男が事中に小鉢を1つ割りました。卓に乗っていた真っ白い洋器だったのですが、中に盛ってあった苺をべ終わり、空になったソレを悪気なく転がしてしまったのです。底が丸い小鉢で、簡単に転がって床に落下する事なく机上で破損してしまいました。 側で座っていた長男も「あ」という顔になり、息子等2人は口をつぐんで、私の方を並んで見上げました。叱られる、と覚悟しているのはよく分かりましたので、私もそれ以上を咎めずに終わりました。 失くなってしまった小鉢を補う為、近くの骨董屋に出向きました。昭和初期に作られた薄青い肌をした小鉢を買いました。日常使い用に作られた安価な物です。

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/03/08
    わかります。私も子供がいくら小さくても、出来るだけ割れる食器を使ってました。包丁もしかり。いつも安全じゃ鈍感になっちゃうので。
  • 「今」を決める。 - あかりの森's blog

    これは私も反省するところなのですが、子供達の「今しかない」を、割と大人が勝手に決定していることが日常生活に多いのではないでしょうか。 勉強の大切さを知るのは、「勉強って大切なんだな」と人が身に染みて解ってからでは駄目なのだろうか、と思う事があります。教育熱心な方には無縁な考えなのでしょうけれども、私は、子供がパッと目覚めてから知る「あ、これは大切だ」という閃きは実は人生において彼等にはとても重要な事のような気がするのです。 私の母は私達姉弟へ事あるごとに言ったものです。「出来る時にしておかないと、いざ、したいと思っても簡単には出来ないものなのだからね」と。母は戦中生まれですので、特に女子が教育を受けにくい時代に育った人でありました。ですから、学校で落ち着いて勉学にいそしむ環境は得難いものであったに違いありません。 一方、現在はどうでしょうか。確かに、頭の柔らかい内に多くの教育を降り注ぐの

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    mon_tyan 2020/03/04
    私も『勉強はいつになっても出来る』と考える派です。それよりも地頭を鍛えることや、心を柔らかくすることに注力しました。長男は高3夏休み明けから異常に勉強する様になりました。勝手に。
  • おとなだまし - あかりの森's blog

    こどもと遊ぶのであれば、やはり、こども以上に賢くなくてはならない、とつくづく思い知ります。こどもだましという言葉がありますが、こどもは底抜けに純粋なだけで、馬鹿なわけではありません。むしろ、大人などよりはるかに賢いのです。 こどもは、どんな相手でも一列にして眺めます。肩書があろうがなかろうが、その人にハンデがあろうがなかろうが、お金を持っていようが持ってなかろうが、あっちの人に「おはよう」を言って、こっちの人には「おはよう」を言わないという小賢しい事は考えません。この人に「おはよう」を言った方がいいのかな、とこどもが思ってしまっているのだとしたら、それは、彼の近くの大人が、必ず、人によって態度を変えるような仕草を彼に見せているのだと思います。近しい人の行動や言い方を、教えられる事なく模倣してしまえる才覚がこども全部には標準装備で生まれながらに備わっているのです。 こどもはすぐに相手を「見破

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/03/04
    毎日子供たちと接していて、それはホントに痛感します。全ておとなの言葉かけや態度によって子供たちはいかようにも変わっていきます。見てるのがツライくらい。
  • まことにすがすがしき、ありあまる人 - あかりの森's blog

    楽しい事を振りまいている人は、当に凄いと思うのです。楽しい事、と一口に言っても、それは「事」や「雰囲気」や「仕草」や「施し」や「言葉」や「夢」や「きっかけ」や「結論」など、色々な形で表れています。1つの事象としてまとまらずに、例えば「事」と「きっかけ」が合わさっていたり、「仕草」や「言葉」が絶妙に交差していたりもします。交わった端っこや、丁度、中間地に「楽しい事」が点滅していて、それに思わず触ってみたくなった人や、語り掛けたくなった人や、もっと近づいて観察してみたくなった人までを巻き込んで「楽しい事」は波紋のように広がっていくのです。 けれども、肝心の「楽しい事」の火種になっている人は、そんな事など一向にお構いなしで、熱心に何かに見入っているので、ふと顔を上げた拍子に、自分の周りに大勢が集まっているのにビックリした顔をしたりなどします。その彼の愛嬌ある顔と向かい合った人々は、必ずまた更に

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/02/29
    好きです
  • いんでん、でんねん。 - あかりの森's blog

    印伝の名刺入れを購入しました。紅色に染めた鹿皮に、黒漆で唐草を描いた優美な意匠です。定期入れ、印鑑ケース、自宅鍵用のキーホルダーも、私は印伝で揃えています。耐久性もあり、柔軟性もあり、小洒落ているのに主張し過ぎないのが気に入っています。 印伝とは、なめし皮に漆で文様を施した伝統工芸を指します。日では古くから生活用品や武具の仕立てに用いられて来ました。とにかく丈夫で、使い勝手が良く、触り心地がなめらかで手にしっとりと馴染みます。 名刺入れを持つと言う事は、私に「肩書き」が出来たと言う事です。何者かとして役割を割り振られた、という意味合いもあるでしょう。 新しい職場から、そこにふさわしく振る舞うように与えられた名刺を、角を揃えて丁寧に、下ろし立ての紅い名刺入れに仕舞いました。いつか近いうち、私はまた、別の役割を与えられて違う肩書きの名刺をこの美しい入れ物に収め直すことでありましょう。背筋を伸

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/02/24
    印伝で揃えてるなんて渋い。私のお茶のお師匠さんが印伝のお財布を大事にしていたのを思い出しました
  • 昭和生まれの母ですので。 - あかりの森's blog

    女性でも男性でも身仕舞が清楚な人に魅力を感じます。つつましやかと言うには少し大らかで、整然としていると表現するにはやや遊び心があるような有様でしょうか。 我が家では、玄関先のを揃えるのは「鉄の掟」であります。帰宅後の手洗いよりも、宿題よりも、まず、自分が脱いだを揃える事を息子等には申し渡してあります。部屋に上がり込むなり、彼等が居間に直行していれば、私は玄関先から息子達を呼び戻します。テレビのチャンネルはいったんお預け、徹底して脱ぎ散らかされているの元まで帰らせるのです。 普段、特に細かい事は注意しない私なのですが、一点集中、ここだけは譲りません。一通りの事をやり遂げるまで呼び続けるので、最近ではとうとう反射的にどこに出掛けても息子達はを揃えるようになりました。 身を美しくするのは、最初のうちは意識しないと出来ない事かも知れません。でも1つを無理のない流れで出来るようになれば後は応

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    mon_tyan 2020/01/31
    耳が痛い!今から靴を揃えるの、徹底するようにします( `ー´)ノ
  • 削ぎ落としても削ぎ落とし切れないもの。それが「物語」なんだよなあ。 - あかりの森's blog

    私は「物語」のあるモノを好きになる性質です。古民家に心惹かれるのは、そこに蓄積した歴史であったり昔の人々の気配であったりが散見されるからなのでしょう。古物商で安価な小皿を買ったり、部屋の暖簾にでも使おうと古布を手にしたりするのもそれの類です。 時を経ると言う事は、見過ごせない歳月の重みのようなものが確かに存在するという事です。ただ、古めかしいだけというのでなくて、良い年月を過ごしてきたぬくもりみたいなものが宿っている気がするのです。 例えば、人であるならニッコリと笑った目尻の皺にその人の温厚さや、辛抱強さが垣間見えたり、手先の隅々に風格のような気配が漂っていると言った感じでしょうか。 それは何も落ち着きや泰然とした挙動に現れるだけではありません。溌剌としていても内側から零れ落ちるような色気があるように、釈然とした凛々しい物腰にも言い表せない程度の茶目っ気が残るような、言うなれば「味」と名付

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    mon_tyan 2020/01/28
  • 不特定多数が公言する「まとも」という場所より、ちょっとハズレに住んでいます。 - あかりの森's blog

    「まとも」と言う事がどういう事を指すのかは、分かりませんが、片親であっても、側に居てやれなくても、子供はスクスクと育っていくようです。シングルですと告白した途端に向けられる同情じみた、もしくは相手自身の何かと引き比べているような薄笑いを目にする事も少なくありません。「ああ、だからなのね」とか「だったら仕方ないでしょうね」と言った、奥歯に物の挟まった言葉を頂いた事もあります。 その中にあり、驚くべきは子供の成長です。親の都合で否応なしに(世間様が言う)「まともでない」環境に置かれた彼等は、私の予想を遥かに超えた成熟を見せてくれるようになりました。 退社したその足で急いで買い物を済ませ、2人の息子を迎えに行ってから帰宅、バタバタと壊れた喜劇の人形みたいに家事に没頭する私。ただ、最低限の生命維持だけを手伝う母を横目に黙々と宿題を済ませる長男に、機嫌よく一人遊びをする次男。何の縮図かと笑いたくなる

    不特定多数が公言する「まとも」という場所より、ちょっとハズレに住んでいます。 - あかりの森's blog
    mon_tyan
    mon_tyan 2020/01/27
    まとも、普通は、常識…。やれやれだぜ
  • 冬日 - あかりの森's blog

    私の弟には不思議な能力があります。生まれ持った色と言った方が良いかも知れません。ふれあい牧場で放し飼いにされてある馬に「おーい」と呼び掛けると、ポクポク、馬が彼に歩み寄って来ます。犬やなどの比較的小型の動物ばかりを見慣れている私は、頭上から眺め下して来る大型草動物の大きさにグっと怯むのですが、弟は「はーいはい」と低い声で何かを話し掛けながら馬の額を撫でなどしております。 言葉数は幼い頃から少ない人でした。誰の味方もしない代わりに、誰を攻撃する事もありませんでした。だからと言って空気のような存在であったわけではなくて、友達の輪の、その一周り外側でホワホワと笑っているような男子でありました。 そんな彼は、私と私の家族を、やはりホワホワと優しい眼差しで今も見守ってくれています。女にしてはいささか猛々しい所の有る私を姉に持っているから余計に思慮深く育ったのかも知れません。私は東京、彼は北海道

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/01/20
  • 知ってはいるんですけれどね、万能な人なんて、いないって。 - あかりの森's blog

    主人とは別居していますが、子供達は時々主人の元で外泊をしています。週末に預ける事がほとんどで、ちょっとした特別感もあり、息子達も喜んでいます。私がケチ臭いので、甘やかしてくれる相手である主人の元で夜更かし出来るのが、幼子には楽しくて仕方ないのでしょう。たまにの事ですから私も余り口出しをせぬように、自分を戒めているのですが、主人の元で過ごす息子達に対して心配に思う事もあります。 料理が全く出来ない主人ですから、事は外かコンビニ弁当が主流になります。謙遜して「出来ない」と表現しているのではなく、まず、包丁が握れないのです。主人の家にはまな板もありません。ガス台の栓の開け方も知りません。湯はティファールの自動湯沸かし器で沸かします。子供に与える飲み物と言えば、甘いジュースです。朝はファミリーレストランのお子様ランチ、昼は外チェーンのうどん、夜はコンビニ弁当か回転寿司。面倒臭い時は、チョコレ

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/01/13
    おっふ!かなり個性的な元ご主人!
  • 居場所の本質 - あかりの森's blog

    大人であっても、最終的に欲しいモノは「安心感」でないのだろうかと思うのです。生活を安定させる為の金銭も、側で見守ってくれる伴侶の存在も、社会に出た時の地位や名誉も、元を辿れば、普遍的な「安心感」に根差しているのではないでしょうか。細分化されたり、一見そうは見えなかったりでソレとは分かりにくい事もあります。が、結局のところ、大人でさえ自分が「一人きり」である事実を、なかなか受け入れにくいものであります。そして、その一人=独りを、心もとなく感じる時が人生には何度も訪れるのではないでしょうか。 では、子供はどうなのでしょう。 私の体温が側にないと目が覚めてしまう小さい人がいます。私が仕事から帰って来る時間を毎日確かめるあどけない人がいます。当は自分で出来るはずなのに、上着のボタンを閉めて欲しいとねだる人がいます。ごめんなさいと、いたずらを詫びる度に必死に抱き着いてくる人がいます。 痛みを堪える

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    mon_tyan
    mon_tyan 2020/01/13
    泣いちゃう