ブックマーク / sagasitasekai.com (15)

  • 映画「花束みたいな恋をした」を観てマグネシウムの燃焼と焚火を想像したこと - 失われた世界を探して

    以前「明け方の若者たち」という映画を観て、作品の中に若者時代に暮らしていた明大前の風景が頻繁に登場し、ひどく懐かしい思いをしたが、人づてで「花束みたいな恋をした」という、これまた青春ど真ん中の恋愛映画も明大前が登場すると聞いて、Amazonプライムで観た。 「明け方の若者たち」の時は、懐かしい街の風景が次々と現れて目をつい奪われ、ストーリーそのものが全然頭に入って来なかったけど、今回の作品で明大前は主人公たちが出会う場面(終電を逃す場面)で使われていただけで、その他のシーンも甲州街道沿いを歩くシーンが少しあったくらいで、「懐かしい!」というのが最小限に収まり、僕は物語をすっかり満喫した。 こんなオッサンが、こんな眩(まばゆ)い青春真っただ中の作品を映画館に見に行くのはちょっと恥ずかしいけど、その点、サブスク万歳である。僕は家のリビングでソファに横になりながら、時々うたた寝しつつ、また巻き戻

    映画「花束みたいな恋をした」を観てマグネシウムの燃焼と焚火を想像したこと - 失われた世界を探して
  • 夏休みの読書と自転車とカルピスと、あの贅沢だった時間について思い出したこと - 失われた世界を探して

    子供のころの夏休みの楽しみの一つが、「○○文庫の100冊」といった類の各出版社から夏に出される小冊子を書店からもらって来ることだった。カラフルでおしゃれなイラストがいっぱいのその冊子を何度も眺め、自分のまだ読んだことのないの紹介文を読みながら、いろいろ想像した。 80年代、僕は小学生だった。紳士服の仕立屋だった父親は既製品の勢いに押されてどんどん仕事がなくなり、僕たち一家は借家を転々として暮らしていた。めっぽう貧しかったけど家族は仲が良く、お金がなかったけど子供の僕はお金がかからない楽しみ(書店からタダの小冊子をもらってくるとか)をたくさん見つけ遊んでいた。 それでもやっぱり、小冊子を見ているうちに欲しくなった文庫に赤マジックで丸をつけ、貯金箱のお金を何度も取り出しては、買うべきか買わざるべきか悩むこともあった。小冊子で初めて知った作家たちの小説は、きっと僕を新しい世界に引きずり込み虜(

    夏休みの読書と自転車とカルピスと、あの贅沢だった時間について思い出したこと - 失われた世界を探して
  • 風鈴寺から「カラマーゾフの兄弟」に出て来るイワンの悪魔の話に空想が飛んだこと - 失われた世界を探して

    酷暑が続いている。涼を求めて風鈴寺へ行った。石段を上った先にたくさんの風鈴が吊るされ、チリンチリンと気持ちのいい音が真っ青な夏空に響いていた。 あぁ夏だなぁと、空の青を見上げた。 風鈴の音を聞いて涼しさを感じるのは日人だけらしい。まぁ蚊取り線香の匂いで夏を感じるように、文化による条件反射みたいなものなんだろうけど、そういう風流な感性を自然に持たせてもらえた日文化に感謝だ。もっとも、起源を遡(さか)のぼると中国に行き着き、大昔の留学生の僧が日に持ち帰って寺の魔除けになり、最初は青銅製でガランゴロン鳴らせていたが、やがてサイズが小さくなり、江戸期にビードロを作る技術が伝わると、風鈴はガラス製が現れ、庶民の文化として一気に広まった。 江戸の庶民のことだ、どうせ涼を求めるなら徹底してやろう、という心意気で、ビードロには粋なイラストが描かれ、金魚や朝顔やトンボのような、なんだかオシャレでとって

    風鈴寺から「カラマーゾフの兄弟」に出て来るイワンの悪魔の話に空想が飛んだこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2022/07/30
    そういえば、最近は風鈴をすっかり見なくなりました。からんころんの音が涼しさを感じますね😀
  • 小浜の青空から恩讐の彼方に向かい、峠越えを運転しながら仇討について考えてたこと - 失われた世界を探して

    せっかく梅雨が早く明けたのに、土日になると雨とか曇り空で、あぁ休日くらい突き抜けるような青空が見たいなぁ、なんて車で走り出した。途中のSAで天気予報を調べてみると、日中が雨か曇りなのに、日海側の若狭湾あたりだけがぽっかり晴れマークがついている。 僕はそちらに向かって走り出した。 突き抜けるような青空の下で、家族と手をつないで散歩する。しかもこんな安全で衛生的で便利な国で。その価値に勝るものは恐らくこの世にない。僕はそう思っている。我々は次の時代に投資せずジジババ優先で彼らの面倒を見ているうち、すっかりみんなが貧しくなっちゃったかもしれないけど、でもこの国に残っている安全とか、この国の人々が持ち続けている衛生観念、緻密さ、生真面目さは、大きな財産として確かに残っているのだ。 ちなみに日の10万人あたりの殺人件数が0.25人に対して、メキシコは30人だ。両国はほぼ人口が同じなのに、向こう

    小浜の青空から恩讐の彼方に向かい、峠越えを運転しながら仇討について考えてたこと - 失われた世界を探して
  • 東京の雪の景色を映像で見ると、北欧映画の数々を思い出すこと - 失われた世界を探して

    東京は大雪になるらしい。というか今年はやたら寒く、やたら雪が降る。比較的暖かい僕の住むこの地方都市にも、今年は何度か雪が降った。 東京時代、雪がチラつくとなんとなく北欧映画が見たくなって、レンタルビデオ屋へ足を運んだ。当時は笹塚に住んでいて、会社から帰る途中、駅から出て甲州街道へ歩きながら粉雪がチラつくのを目にすると、スーパーに立ち寄って夕材を買った後、アパートへ向かう途中にあったレンタルビデオ屋に入り、いろいろと借りた。そして一人鍋なんか作りながら、ゆっくりテレビデオで作品を見るのだ。「ボクたちはみんな大人になれなかった」の時代の一人の若者の話である。 北欧映画といってもいろいろあるが、90年代であれば「春にして君を想う」が有名な作品だ。これは老人ホームから抜け出した幼馴染のカップルが、ホームを抜け出し、生まれ故郷へ死への旅路に出かける話を描いた美しいロードムービーである。作品中に

    東京の雪の景色を映像で見ると、北欧映画の数々を思い出すこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2022/02/14
    私は東京区内ですが、なんとか降らないですんだようです^^
  • 親ガチャという言葉で一番好きな映画を思い出し、家族のことを思い出して、やっぱりイタリア郷土料理のティンパーノを作ってみたいと思ったこと - 失われた世界を探して

    一番好きな映画はと言われれば、「シェフとギャルソン、リストランテの夜」を挙げる。もちろんそれ以外にも甲乙つけ難い映画はいっぱいあるけど、どれか一つを選べと言われればこの作品を選ぶ。内容はこんな感じだ。 1950年代のアメリカ田舎町で、イタリア移民の兄弟(プリモとセコンド)がイタリア料理のレストランを営むも、アメリカ人向けの料理を作れない兄プリモのせいで店は全然流行らない。プリモは頑固なシェフで、自分たちの故郷の「物の」イタリア料理にこだわっているのだ。アメリカ人好みの味付けに変えた料理を出せば店は流行るだろうが、プリモは自分のプライドがそれを許さず、絶対にそんな料理は作らない。そんなカタブツの兄のせいで店の経営がどんどん苦しくなって行くから、弟のセコンドは苛立ちを募らせつつ、兄の頑(かたく)なさが理解できず、それでも資金繰りに苦労しながらなんとか店を存続させようと努力する。 そんな中、

    親ガチャという言葉で一番好きな映画を思い出し、家族のことを思い出して、やっぱりイタリア郷土料理のティンパーノを作ってみたいと思ったこと - 失われた世界を探して
  • 鰻を頬張りながら、昭和世代の若者がどのように怒涛の時代の変遷に巻き込まれて行ったかを、しみじみ思い返したこと - 失われた世界を探して

    パンデミックのもと朝の7時半から夜の10時まで、毎日毎日、緊急対応や部下のフォローをやっているが、ちっとも光明は見えない。なんて月曜日から金曜日までやって、土日は死んだように眠るが、やっぱ寝るだけじゃ駄目だ、美味しく精(せい)の付くべ物をべるべし!、ということで鰻をべに行った。 地元はみんなが鰻大好きで、鰻をたくさんべるので有名な場所で、街には鰻屋が乱立している。車で国道を走ると、数分おきに鰻屋が登場する。しかも全部が老舗なので、昔から乱立し、ことごとくそれらの店が生き残っているという事であり、それだけみんなは鰻をたくさんべるという事である。 実際、子供のころを思い出してみると、何かと言えば鰻をみんなでべた。法事とかあったら寿司ではなく鰻だ。お祝い事も鰻。誰かが退院したら鰻。合格祝いで鰻をべ、遠方から久しぶりにやってきた親戚をもてなすのも鰻だった。 なので、自然と鰻の味にはう

    鰻を頬張りながら、昭和世代の若者がどのように怒涛の時代の変遷に巻き込まれて行ったかを、しみじみ思い返したこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2022/01/31
  • 日常って失って初めて大切さに気づくという当たり前を改めて感じながら、それでも向こう側に光があると死体のように眠りながら確信すること - 失われた世界を探して

    パンデミックは第6波という。 ちょうど2年前、中国大陸では新しいウィルスのせいで大変なことになっていて、工場が動かない、さあ大変だ、日で慌ててラインを作ってバックアップ生産しなきゃ、ん?中国でしか調達できない部品はどうするんだ?なんて大騒ぎが始まった。 そこから今度は日の第1波、それからあっという間にアセアンのパンデミック、ロックダウンに伴って部品や材料が入ってこない、船も飛行機も遅延しまくる、さあいよいよモノづくりはストップか?、いやいやまだ手はある、あきらめちゃいけない、なんて夜な夜な昭和世代が集まってプロジェクトXをやり続け、もう2年がたつ。 そしてまだ、過労死直前の残業にまみれ、昭和世代はプロジェクトXを続けている。 一方、令和時代の若者たちはちょっと遠目に、なんかオジサンたち、むっちゃ殺気立って迫力あるな、怖いな、なんか言われたら逃げる準備しよう、なんて構えて見ている。 そう

    日常って失って初めて大切さに気づくという当たり前を改めて感じながら、それでも向こう側に光があると死体のように眠りながら確信すること - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2022/01/24
  • 2022年の初めにガンダムと小松左京と加藤周一と方丈記を思い巡らせたこと - 失われた世界を探して

    先の世界大戦が終わってから生まれた人が、8割になるという。 どっかの大学の学生の4割は日アメリカ戦争したことを知らないという。 まぁ今は子供の6割が大学生になるらしいので、数十年前の小学生時代を思い出し、懐かしい面々を思い出し、う~ん、今やクラスの半分以上が大学生になるのか、じゃあその半分弱はあんまり勉強が好きじゃないタイプだね、なんて類推し、そんな調査結果になっても当たり前と頷けるのだが、あんなにとんでもない事が起こったとしても、あんなにひどい不幸があんなにたくさんの人々の人生を奪ったとしても、たった数十年で人々の記憶から薄れ、何事もなかったかのように世の中は動いて行く。諸行無常である。 同時に、学ばない人間と言う種の限界なのかとも思う。 だから、ガンダムってコンセプトが凄かったんだな、なんて思う。結局、「人間と言う種の限界」があの子供時代に熱中したアニメのテーマだった。子供ながら

    2022年の初めにガンダムと小松左京と加藤周一と方丈記を思い巡らせたこと - 失われた世界を探して
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    monaka_25 2022/01/10
  • 九州一周旅行の最後に機内で人生をしみじみ考え込んでしまったこと - 失われた世界を探して

    九州一周旅行はいよいよ終盤に入った。延岡の安いビジネスホテルを早朝に出発し、僕たちは高千穂に向かった。神が降臨したというあの高千穂だ。古代史が大好きな家人が、吉野ケ里遺跡に次いで楽しみにしている場所だった。 高千穂は想像以上に山間にあって11月ということもあり、さすがに肌寒かった。実は4日前に博多空港に降り立った時から「やっぱ九州、暖かいや」と思っていたし、指宿ではなんだか秋の始めくらいの気候に感じたから、高千穂の冷たい空気が、ちょっとピリッと気を引き締めた。そうそう、ここは信仰の対象となる神聖な場所なんだ。 とはいえ、やはり僕たちは観光客なので、そそくさとボート乗り場に向かい、「よかったぁ、平日の早い時間なら並ばないってホントだったんだ」なんて思いながら、ボートに乗り込む。 漕ぎ出すとすぐに、テレビや雑誌で見るあの光景が向こう側に見えてきた。大興奮だ。でもここは神聖な場所だから大はしゃぎ

    九州一周旅行の最後に機内で人生をしみじみ考え込んでしまったこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2021/12/26
    いいところですね😀九州には行く機会があると思うので参考にさせてください^^
  • クラシックカメラにフィルムを装填し、空っぽの世界に静かな戦いを挑むこと - 失われた世界を探して

    ロスジェネの一人として腐らずに諦めずに、日々の生活はしみじみと楽しむことにしているが、その中でスローライフというのは重要なキーワード。立ち止まってゆっくりとプロセスを味わう、が静かな僕たちの戦いだ。 そんなスローライフの一つとして、クラシックカメラでじっくり手間暇(てまひま)をかけて、美しいと思った風景や、感動した場面を絵画のように切り取る、というのを時々やっている。ありきたりだけど、フィルムを装填する、シャッター速度と絞りを決める、構図を決める、そしてパシャリとボタンを押す、という一連の過程が、普段の仕事の時間なんかと全然違うリズムで流れていて、当に楽しい。 もともとは父親の形見のマニュアルカメラをいじっているうちに色々調べ、興味を持ってあれこれ調べているうちに、欲しいクラシックカメラが出て来て中古市へ探しに行き、手に取って撮影するうちに、そのフィルム独特の優しいボケ味とか色彩、それか

    クラシックカメラにフィルムを装填し、空っぽの世界に静かな戦いを挑むこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2021/12/04
  • 天上の岬で青い空と海に囲まれて馬を眺め、冷や汁をお腹いっぱい食べたこと - 失われた世界を探して

    九州一周旅行は福岡の博多空港に降り立ったところから始まり、長崎、佐賀、熊、鹿児島を経て、宮崎に入った。宮崎にはどうしても行ってみたい場所があった。 都井岬である。 日向灘の南端にあるその美しい岬には、野生の馬たちがいるという。 その日もとても晴れていて、岬の上には突き抜けるような青空が広がっていた。美しい岬だった。絶壁の上に草原が広がり、その上をのんびりと馬たちが歩いていた。 全てが絵になる風景である。平日ということもあり、僕たち以外は誰もおらず、あまりに世離れしたゆったりした時間が流れていたので、なんだか別の国に来ているみたいだった。青い空と海を背景に、少し離れてその野生の馬たちを眺める。 さらに離れてみると、やっぱりこれは、もはや一枚の絵画だ。 すんごいや。こんな場所があるなんて信じられない。僕たちは時間を忘れて岬を歩いた。プラプラ歩いた。馬たちを眺め、海を眺め、空を眺めた。美味しい

    天上の岬で青い空と海に囲まれて馬を眺め、冷や汁をお腹いっぱい食べたこと - 失われた世界を探して
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    monaka_25 2021/11/22
    私も宮崎には1度だけ行ったことがあります^^今度行ったときは、冷汁をたべてみたいです!
  • アラン・シリトーの「長距離走者の孤独」はランボーの「永遠」という一編の詩に帰結し、地方都市の若者は東京を目指すということ - 失われた世界を探して

    ストーリーの中身そのものというより、文体の美しさとか躍動感でどんどん読み手をその世界観へ引き込んで行く、そんな小説がある。 昭和文学でいうところの谷崎潤一郎であれば「母を恋ふる記」という作品なんて、ようするに自分が見た夢の話をタラタラ書いただけなのに、それはもう驚くほど美しい文体であり、切ない一個の叙事詩になっている。ストーリーそのものに特に工夫はない。ただただ文体の美しさの中に読者は吸い込まれて行くのである。 その点、「疾走感」というコトバがぴったりの文体で書かれているのが、アラン・シリトーの「長距離走者の孤独」という短編である。長距離走者の話で疾走感なんて、まるでウクレレを弾きながら「ハワイの夕暮れ」という題名の曲を演奏するようなもので、そのままじゃん、と言われれればその通りなのだが、その瑞々しい文体は英語の原文を読んでも主人公の焦燥感や息使いまでが伝わって来そうな迫力をもって、非常に

    アラン・シリトーの「長距離走者の孤独」はランボーの「永遠」という一編の詩に帰結し、地方都市の若者は東京を目指すということ - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2021/11/14
  • 女心はくすぐられなかったようなので、自分が頑張ってオシャレな小物を揃えて家族の健康を祈ったこと - 失われた世界を探して

    家を建てた時に高品質低コスト・「住む」を目的に機能と動線を最優先、という具合に僕は話を進め、毎回、工務店との打ち合わせの都度、PCを持ち込み、事前に自分でエクセルで引いたレイアウト図や希望する仕様や材質を提示し、あわせてやはりこれも事前にネットで調べたそれらの相場価格、一般的な工賃、工務店側の想定利益(取り分)などをこちらから提示し、交渉の上、最終的に思い通りの家と金額になった。 普通は家を建てる時は、やはり夢のマイホームであり、「夢」の大半は奥さんの夢である場合が多いので、住宅営業マンは打ち合わせ時に常に奥さんの顔を見て語り掛け、「おしゃれな吹き抜けの〇〇はどうですか?」「おしゃれな出窓をこのあたりに取り付けたらどうですか?」とか、要するに女心をくすぐって口車に乗せて、およそ機能性とは無縁でそのぶん工務店にとっては利益幅の大きいオプションをどんどん勧めて来るのだが(あっという間に見積金額

    女心はくすぐられなかったようなので、自分が頑張ってオシャレな小物を揃えて家族の健康を祈ったこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2021/11/07
    ぶたちゃんの置物が、縁起がいいのは知りませんでした。かわいいです!
  • ダイバーシティって言葉を聞くとアジアの山奥でいろんな料理を食べた経験を思い出すこと - 失われた世界を探して

    ダイバーシティという言葉が会社の研修などで頻繁に出てくるようになってだいぶたつけど、多様性の受容というのは口で言うほど簡単ではない。だって自分が生きて来て自分という人生を必死で乗り切ってきた過程では、「世界中の誰がなんと言おうと自分が好きなのはこれだ。正しいと思うのはこれだ。」という一つ一つの信念とか情熱を積み上げてきた歴史があり、それは裏返せば「でもいろんな価値観もあっていいよねぇ、なんてあっさり言えね~や」という音があるからだ。価値に付随する信念というものはそういうものだ。 一方、恵まれた環境でのほほんと生きて来れた人々は、「自分はこれがいいと思うけど、押し付けないよ。あなたはそれがいいと思うなら尊重します」と言えるかもしれない。だって、別に死に物狂いで「自分はこれがいいんだ」なんて構えなくても、人生を豊かにのんびり生きて来れたし、これからも生きて行けるからだ。価値の構築に情熱や信念

    ダイバーシティって言葉を聞くとアジアの山奥でいろんな料理を食べた経験を思い出すこと - 失われた世界を探して
    monaka_25
    monaka_25 2021/11/06
    読者登録させていただきました!よろしくお願いします。
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