タグ

植民地と日本に関するmotorunderのブックマーク (2)

  • 「超左翼おじさん」=松竹伸幸氏の植民地認識批判 | 日朝国交正常化と植民地支配責任

    「超左翼おじさん」こと松竹伸幸氏(以下敬称略)が、「韓国植民地支配での菅総理談話」と題して連載している。「韓国植民地支配」という表現にすでに違和感をおぼえるが、そもそも松竹は植民地化をめぐる基的な事実を誤って理解している。以下の引用を見よう。 「例外もあるかもしれないが、欧米の場合、そもそも条約によって植民地にするという事例が、あまりないと思う。だって、植民地支配というのは、もともとそういうものではないからだ。 列強がつくった国際法では、条約を結ぶ相手というのは、対等平等な主権国家であった。そういう国家は、植民地支配の対象にならない。 「国際法」上、植民地にしていいのは、いわゆる「無主」の地だけ。人びとは住んでいるけれども、西欧的な意味での国家はなく、「主」はいない。 法律では、「先占」という考え方がある。誰のものでもないものを見つけた場合、一番先に見つけた人のものになるということだ。そ

    「超左翼おじさん」=松竹伸幸氏の植民地認識批判 | 日朝国交正常化と植民地支配責任
    motorunder
    motorunder 2010/08/27
    この超左翼おじさんっていう人のエントリ、ザッと読んだけど呆れた。この水準で理論家なのか?韓国併合の法的な論点について明らかに無知だし、事実関係の認識や思考レベルが甘すぎて議論自体がグダグダなんだけど。
  • ニューライト的「植民地近代化」とは何か | 見るんじゃあなくて観るブログ―韓国スクラップ帳

    プレシアン : [キムギヒョプのペリスコープ] ニューライトの歴史観をみてみる(3)σ (2008年8月18日の記事) 今までニューライト側の歴史叙述で最も目立った問題のひとつが日帝統治期の性格に関するものだ。この問題は主体そのものが重要なことであるだけでなく歴史を見つめ叙述する姿勢を端的に見せてくれるという点から特に検討の価値がある。 ニューライトのいわゆる'近代化論'は韓国史学界の支配談論である'収奪論'に相反するものだ。収奪論はとても広い範囲で表出されてきており、また、被害妄想的な情緒の裏づけにもなってきたため、その談論の中には幾つか不合理で偏向的な内容も混ざっているのが事実だ。 したがって日帝統治期をより合理的な視覚で見つめようという提案は望ましいことに違いない。しかも国家間の接触面が日を増して広がり厚くなる21世紀の状況において、隣の国々同士で互いの歴史を一緒に振り返る道を作ると

    ニューライト的「植民地近代化」とは何か | 見るんじゃあなくて観るブログ―韓国スクラップ帳
  • 1