1900年前後のウィーンにはあらゆる分野の才能を引き寄せる力があった。哲学ではクルト・ゲーデルやルートヴィヒ・ヴィドゲンシュタイン、音楽ではグスタフ・マーラーやベートーヴェン。その他の芸術や自然科学分野でも、挙げきれないほど多くの偉人たちがこの街に集まっていた。特筆すべきは、その天才たちが個々の分野毎に活動していたのではなく、科学者・作家・芸術家の垣根を越えて混ざり合っていたという事実である。異なる領域に確かな根を持つ頭脳同士のぶつかり合いは、「美術と科学を結び付けようとするパイオニア的な試み」だったといえ、人類に大きな果実をもたらした。 記憶の神経メカニズムに関する研究でノーベル医学生理学賞を受賞した脳神経科学者であり、1929年にウィーンで生まれた絵画コレクターでもある著者・カンデルは、この時代のウィーンが「人文科学と自然科学の開かれた対話をどうすれば実現できるのか」を私たちに示してく