じいさんは無口な人だった。水道工を定年するまでやっていて、頑固な職人気質。 両親が共働きだった俺は保育所に通っていて、婆さんが迎えに来れないときはじいさんが会社のマークの入ったオンボロ軽トラで迎えに来てくれていた。 小さい頃、俺はじいさんが苦手だった。じいさんからはいつもタバコの匂いがしたし、保育所であったことを話しても「ほうか。」「ほうね。」と一言二言しか返してくれないじいさんより、婆さんが迎えに来てくれればいいのにと思っていた。 じいさんは野球が好きで、オンボロ軽トラではいつもラジオがかかっていて、広島東洋カープの情報が流れていた。 ある日じいさんが珍しく「カープの練習を見に行こう。」となぜか俺を連れ出した。家の近くにカープの二軍練習場があって、そこに期待の若手が入ったらしい。 野球がよく分からなかった俺は苦手なじいさんと二人きりは嫌だなぁと思いながら、さりとて嫌だ嫌だと泣きわめくのも