実際に原子炉設計に携わり、「データを偽造して地震に耐えうることにする」との会議に立ち会ったことから、技術者の良心で辞表を出した経緯を公表し、警鐘を鳴らした設計者。しかし電力会社を広告主にもつ大手マスコミはこの事実を取り上げず、行政に知らせても音沙汰なし。東海地震が起きれば関東・関西一円に放射能汚染が広まる危険性は高く、早急な対策が必要だ。「このままでは大変なことになる」という設計者の決意の証言を報じる。(取材・代筆、佐々木敬一) 私は1969年に東京大学工学部舶用機械科の修士課程を修了後、東芝子会社の「日本原子力事業」に入社し、1972年当時は、申請直前だった中部電力の浜岡原子力発電所2号機(静岡県御前崎市)の設計に携わっていました。東芝が浜岡原発の受注先の一つで、私は東芝に出向中でした。 浜岡2号機の設計者は数十人で、1「炉心構造物設計」、2「制御棒設計」、3「汽水分離機・蒸気乾燥器設計