この項目では、江戸時代の僧侶について説明しています。戦国時代(日本)の医師については「永田徳本」を、室町時代の守護大名については「畠山持国」をご覧ください。 『徳本上人言葉の末』より、徳本 徳本(とくほん)は、江戸時代後期の浄土宗の僧・念仏聖。俗姓は田伏氏。号は名蓮社号誉。紀伊国日高郡の出身。徳本上人、徳本行者とも呼ばれる。念仏行者として全国を巡錫し、「流行神」と称されるほど熱狂的な支持を集めた。 宝暦8年(1758年)6月22日、和歌山県日高町志賀に生まれる。生家の田伏氏は、畠山政長(1442 - 1493年)の次男・畠山久俊の子孫と伝わる。父母には男児がなく、神仏に願うと、母親は蓮華の花を飲む夢を見てしばらく後に懐妊、男児が生まれたという。[1]わずか2歳の年、姉に抱かれながら月に向かって「南無仏」と唱えたとか、4歳のころ、仲のよかった隣家の子どもの急死に無常を感じ、常に念仏を唱えるよ
![徳本 - Wikipedia](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/26cd6503599db9a64926aad49f260948321a5cab/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2F0%2F07%2F%25E5%25BE%25B3%25E6%259C%25AC%25E4%25B8%258A%25E4%25BA%25BA.png)