五木寛之著『親鸞』162回 2011/6/15Wed. 〈前中段 略〉 「自分の心の底に、どす黒い、よどんだものがおりのようにたまっている。人間だれしもがかかえている煩悩といえば、そうかもしれないが、もっと暗く、もっと重いものなのだよ。だから、海を見ていると、その自分の内側のふかい淵をのぞきこんでいるような気がしてきて、慄然とするのだ。これはなんだろう。法然上人には---」 親鸞は鉄杖をふり返って、ため息をついた。 「法然上人には、そういう気配はなかった。春の海のようになごやかで、接する者の心まで温めてくださるような安らかさがあった。わたしには、それがない。そう思わないか、鉄杖どの」 「いいえ」 鉄杖は首をふった。 「わたしは親鸞さまを1度もこわいかただと思ったことはございません。わたくしたちが背負っている重い荷物を、お一人で背負ってくださっている、優しいかただと思っております。先日の雨乞