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ブックマーク / kyotohotelsearch.com (4)

  • 火災で燃えなかった金閣の鳳凰

    どこから見ても金色に思えますが、よく見ると一番下の初層だけは金色ではありません。 これは、足利義満の政治的な意図によるものとされています。 政治的な金閣寺と文化的な銀閣寺 そして、こちらが金閣の上にいる鳳凰です。 鳳凰も見事に金色であります。 さて、さきほど金閣は火災で焼失したと述べましたが、屋根の上の鳳凰は火災を免れています。 偶然にも、火災の数日前に修理のため、鳳凰を取り外していたんですね。 ということは、金閣の鳳凰だけは、足利義満が創建した当時のものと思ってしまいますが、そうではありません。 昭和62年に金閣は漆の塗替えや金箔の張替えが行われており、同年に鳳凰も修復が行われています。 黒谷美術株式会社の以下のページによると、現在の鳳凰は3代目で鳳凰の原型をもとに鋳造しているそうです。 金閣寺鳳凰 | Gallery | 黒谷美術株式会社 – 銅像・胸像・モニュメント制作 したがって、

    火災で燃えなかった金閣の鳳凰
    neco22b
    neco22b 2024/09/18
  • 東本願寺に登場した巨大こけし「花子」・2023年

    2月末に京都市下京区の文子天満宮に梅を見に行った後、東願寺を訪れました。 東願寺では、2月22日から3月12日まで御影堂門(ごえいどうもん)の前に巨大こけしの「花子」が展示されています。 約1年前にも、東山花灯路で清水寺に花子が登場しましたが、再び、その大きな体を京都に現しました。 青空の下で寝転ぶ花子 東願寺には、京都駅から烏丸通を北に約5分歩くと到着します。 烏丸通の歩道で信号待ちをしながら、東願寺の御影堂門を眺めます。

    東本願寺に登場した巨大こけし「花子」・2023年
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    neco22b 2023/03/01
  • 応永の大飢饉で施行が行われた五条河原

    三条大橋から五条大橋まで、鴨川の西側には、お店などのたくさんの建物が並んでいます。 今では、鴨川沿いに建物があるのは当たり前の風景となっていますが、かつては鴨川が氾濫したことから居住に適する場所ではありませんでした。 中世においては、人家が鴨川沿いに見られるようになりますが、定住していたわけではなく、飢饉や疫病などの災害で、集まった被災者が住む場所でした。 応永の大飢饉で京都に人が集まる 室町時代の応永27年(1420年)。 この年は、全国規模で大飢饉が発生しました。 岩波新書の『京都の歴史を歩く』によれば、この年は春から夏にかけて降雨日数が少なく、秋に降雨日数が異常に多くなったそうです。 そして、それ以前の数年にわたる気候の不安定もあり、飢饉となったのだとか。 この頃、日の富は、京都に集中する状況だったため、地方からべ物に困った人々が京都に流れ込む事態となりました。 伏見宮貞成親王(

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    neco22b 2022/04/24
  • 酉年の元日は鳩と白鳥がいる六角堂に参拝・2017年

    2017年の元日。 京都市中京区の六角堂に参拝してきました。 六角堂の境内には、ハトとハクチョウがいます。 今年は酉年なので、元日に参拝すると良いことがありそうだなと思い六角堂を訪れました。 優雅に泳ぐハクチョウと忙しなく動くハト 六角堂は、地下鉄烏丸御池駅から南に5分ほど歩いた辺りに建っています。 山門の前に到着。

    酉年の元日は鳩と白鳥がいる六角堂に参拝・2017年
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