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***後で読むとcommunicationに関するneko73のブックマーク (7)

  • 視覚障害者の誘導方法

    街の中で視覚障害者(目の不自由な人)が立ち止まって考え込んでいたり、交差点などで困っていたりしているようでしたら、「どちらへいらっしゃるのですか?」「ご案内しましょうか?」などとひとこと声をかけてください。視覚障害者は道に迷って困っていても、誰がどこにいるのか分からないために自分から声をかけにくいのです。この時、いきなり視覚障害者の身体に触ったり、手を握ったりするとおどろいてしまいますので必ず一声かけてから行ってください。視覚障害者を誘導するために最も大切なことは誘導者と視覚障害者のコミュニケーションです。何かする時や環境の変化があったときは、一声かけてお互いに状況を共有しながら誘導するようにすることが大切です。尚、このページに書かれている誘導の方法が全てではありません。視覚障害者によってやりやすい方法があります。このようにして欲しいと依頼があればその方法で誘導してください。

  • 匿名ユーザーは実名ユーザーにコストを負わせているのか?

    亭 @chronekotei @apj 平気か平気でないかの問題ではありませんね。その逆だと桁違いに膨大な費用がかかってしまうと謂うことです。

    匿名ユーザーは実名ユーザーにコストを負わせているのか?
  • 批判における”笑顔”とは何か。

    個人的には反知性主義的なことを言ってるイイ奴と知性主義的なことを言ってるヤナ奴が議論していたとしたらヤナ奴に賛同出来るようでありたいと思っておりますが...。

    批判における”笑顔”とは何か。
  • 色盲の人にもわかるバリアフリープレゼンテーション法

    「色覚障害」とも呼ばれる「色盲」は黄色人種では男性の20人に1人(5%)、女性の500人に1人 (0.2%)に見られます(白人では男性の8%、黒人では男性の4%)。上記調査同時期の日人男性は6,111万人、女性は6,359万人(平成8年 10月現在)ですから、色盲の人は約318万人となり、身体障害者の総計を越える数となっています。色盲は世界的にはAB型の血液型の頻度に匹敵し、極め てありふれた存在なのです。小中学校の40人学級(男子20人)の各クラスに必ず1人、男女100人の講演会場では、2~3人の色盲の聴衆がいるという計 算になります。社会的な差別や偏見といった過去の経緯から自分が色盲であることを隠す人が多いことや、色盲であっても実際にはかなりの色を不自由なく見分 けられることから、これまで色盲の人が色に関する不便を積極的に訴えることは少なかったと言えます。そのため、色盲がこのようにあ

  • Vol.116 医局長なんか大切にしなくていいよ! - MRIC by 医療ガバナンス学会

    医療ガバナンス学会 (2011年4月11日 06:00) | コメント(0) | トラックバック(0) 獨協医科大学神経内科 小鷹昌明 2011年4月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp 次年度の"人事移動"である。 全国医科大学病院、および大学医学部附属病院に勤務する、"物言わぬ地味で真面目な医局長"を代表して伝えておきたいことがある。 医局長の最大の仕事と言ってもいい責務が、この医局人事の算段を練ることである。大学や医局によって多少の違いはあるかもしれないが、当病院の神経内科では、代々医局長がそのたたき台を作成する。後に教授が多少の修正を加えることで最終的に決定される。 官僚の根回しによる事務次官会議のような仕事が医局長の役割で、閣議決定が教授の仕事と言ってもいい。 12月に入ると、おもむろに医局員たちが、三々五々「相談があるので

  • リベラリズム/反リベラリズムとしての選択的夫婦別姓賛成論vs別姓反対論

    「リベラリズムの原則に則って選択的夫婦別姓を擁護する見方に対し、リベラリズムを価値を侵害するものとして反対する夫婦同姓論」という切り口で関連発言をまとめました。 このまとめは、「なぜ、選択的夫婦別姓に反対する人には”個々人の選択の自由の拡大”という論点が通じないのか?」ということをリベラル/反リベラルという単純化した軸を敢えて導入することでクリアにしてみよう、という意図によるものです。 これによって「同姓を選択もできるのに、なぜ他人が別姓を選択することに反対するのかわからない」という選択的別姓賛成派がよく抱く疑問の一部を解明できるのではないかと考えました(もちろん、上記の反リベラリズムという観点のみが別姓反対の論拠と言っているわけではありません)。 続きを読む

    リベラリズム/反リベラリズムとしての選択的夫婦別姓賛成論vs別姓反対論
  • Tropics of Incest

    I.序論 近親相姦=インセスト、およびその禁止の問題は、文化の問題である。こんなあたりまえのことをあらためて指摘せねばならないということ自体、近親相姦=インセストをめぐってなされる言説が、今日なお陥っている混乱をよく物語っている。それが文化の問題であるとすると、まず問われねばならないのは、他の諸々の文化的表象の場合と同様に、その観念によって語られているのが、それが属する当の文化のコンテクストのなかで「何であるのか」という問いであって、人類全体のなかでのその起源の問題や、普遍的な社会的機能の問題などではないはずである。しかし実際には後者の問いばかりが、はばをきかせてきたのだ。 動物行動学者たちや霊長類の研究者たちは、我々がインセストとして分類するような性関係が、すでに霊長類やその他の動物においても、一般的に回避されているという事実を示している。この知識が人類学者によるインセストに関する最近の

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