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ブックマーク / www.1101.com (41)

  • MOTHERのおんがく。 - ほぼ日刊イトイ新聞

    鈴木慶一 1951年、東京生まれ。 1970年頃より音楽活動を開始。 1972年「はちみつぱい」結成。 1976年「ムーンライダーズ」結成。 バンド活動の傍ら、CM音楽の制作や楽曲提供、 幅広い音楽プロデュースを手掛ける。 『MOTHER』と『MOTHER2』のゲーム音楽も担当。 映画音楽では北野武監督の『座頭市』、 『アウトレイジビヨンド~最終章~』で 日アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。 TONZURA MOTHER BAND 鈴木慶一(ギター、ヴォーカル) 澤部渡(ギター、コーラス、ヴォーカル) 佐藤優介(キーボード、ヴォーカル) ゴンドウトモヒコ(マニピュレーター、ホーン) ダニエル・クオン(ヴォーカル) NEW!坂美雨(ヴォーカル) 田中宏和 1957年生まれ。 1980年サウンドエンジニアとして任天堂に入社。 ファミコン、ゲームボーイの音源開発、 『メトロイド』『スーパーマリ

    MOTHERのおんがく。 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • なにもできないからプロデューサーになった | ほぼ日刊イトイ新聞

    『マリオ』や『ゼルダ』や『ピクミン』をつくり、 世界中で尊敬されているゲームクリエイター‥‥ と書くと、正しいんですけど、なんだかちょっと 宮茂さんのことを言い切れてない気がします。 クリエイティブでアイディアにあふれているけど、 どこかでふつうの私たちと地続きな人、 任天堂の宮茂さんが久々にほぼ日に登場です! 糸井重里とはずいぶん古くからおつき合いがあり、 いまもときどき会って話す関係なんですが、 人前で話すことはほとんどないんです。 今回は「ほぼ日の學校」の収録も兼ねて、 ほぼ日の乗組員の前でたっぷり話してもらいました。 ゲームづくりから組織論、貴重な思い出話まで、 最後までずっとおもしろい対談でした。 え? 宮さんがつけた仮のタイトルが、 『なにもできないからプロデューサーになった』? そんなわけないでしょう、宮さん!

    なにもできないからプロデューサーになった | ほぼ日刊イトイ新聞
  • 第1回 | まったく、大泉洋ってひとは。 | ほぼ日刊イトイ新聞

    大泉洋さんというひとは、 ほんとうに不思議な人生を歩んでいます。 こどもの頃から俳優に憧れていたわけでもなく、 人を笑わせるのが好きな「おもしろ洋ちゃん」。 大学時代に“ウケ狙い”としてはじめた 演劇にのめり込み、TEAM NACSの一員に。 学校の人気者から、北海道の人気者へ。 そして、紅白歌合戦の司会者を務めるような 日を代表する人気俳優になった大泉さん。 「努力はしていない」と公言してきましたが、 糸井の質問をきっかけに半生を振り返ります。 ほら、大泉さんはきょうも よくわからないまま、ここまで来たようですよ。 この対談は「ほぼ日の學校」でも見られます。 大泉洋さんが先生になった授業 「努力だと思わなくていいような 好きなことを見つけなさい。」 表情豊かな大泉さんの授業、どうぞご覧ください。 >大泉洋さんプロフィール 1973年4月3日生まれ、北海道出身。 演劇ユニット・TEAM

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  • 特集 色物さん。004 小林のり一(俳優・遊芸人)篇 | 小林 のり一 | ほぼ日刊イトイ新聞

    今回、特集「色物さん。」第4弾では、 特別出演というかたちで 小林のり一さんにご登場いただきます。 三木のり平さんを父に持つのり一さん、 映画、ジャズ、漫画‥‥などなど、 さまざまなカルチャーに精通しておられ、 演芸にもお詳しかったはずと インタビューを申し込んだのですが‥‥ なんと、寄席の舞台に上がったことも! しかもそのとき、「15歳」。 そんな仰天エピソードをはじめ、 のり一さんのお話を 「ひゃー」「えええ!」とか言いながら、 ただ聞くだけになってしまいました。 5回の連載、担当は「ほぼ日」奥野です。 ※2022年7月6日、小林のり一さんがご逝去されました。 心よりご冥福をお祈りいたします。 >小林のり一さんのプロフィール 1951年、東京・日橋浜町生まれ。幼少期、父である三木のり平が舞台をつとめる劇場を託児所代わりに過ごす。中学から寄席やジャズ喫茶へ通う日々がはじまる。アングラ、

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  • ほぼ日刊イトイ新聞 - オリンピックの女神はなぜ荒川静香に「キスを」したのか?

    「伸身の新月面の描く放物線は、栄光への架け橋だ」 「オリンピックの女神は、荒川静香にキスをしました」 数々の名ゼリフとともに、 オリンピックの名勝負を盛り上げてくださった NHKアナウンサーの刈屋富士雄さん。 アテネ、トリノと、オリンピックを存分にたのしんだ ほぼ日刊イトイ新聞としては、 ぜひともお会いして、お話を聞きたかったのです。 というよりも、お礼を言いたかったのかも? 手前味噌ながら、すばらしい取材になりました。 聞き手は、むろん永田です。 俄然、永田です。断固、永田です。 全20回、どうぞ、おつき合いください。

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  • 笑いの神様が、君を応援する理由。石橋貴明×糸井重里 | 石橋貴明 | ほぼ日刊イトイ新聞

    テレビ最盛期といわれた時代、 とんねるずは画面の中で 驚くようなことを次々と突破していきました。 いまYouTubeにも活躍の場所をひろげる 石橋貴明さんが、誰も越えられないような 人気の塔を築いた理由はなんなのでしょう? 渋谷PARCO「ほぼ日曜日」で開催する 「わたしの、中の人。」対談シリーズです。 写真 小川拓洋 >石橋貴明さんのプロフィール 1961年生まれ。 1984年、高校の同級生だった木梨憲武と お笑いコンビ「とんねるず」を結成。 テレビ番組では 『とんねるずのみなさんのおかげです』 『ねるとん紅鯨団』『うたばん』 『とんねるずのスポーツ王は俺だ!』、 映画では『メジャーリーグII・III』に 謎の日人選手「タカ・タナカ」役で出演。 2020年、YouTubeチャンネル 「貴ちゃんねるず」を開設。チャンネル登録者数130万人を突破する。 →石橋貴明さんのTwitter

    笑いの神様が、君を応援する理由。石橋貴明×糸井重里 | 石橋貴明 | ほぼ日刊イトイ新聞
  • ほぼ日、お引っ越し大作戦! | ほぼ日刊イトイ新聞

    ほぼ日オフィス、引っ越します! 通いなれた「青山」を離れ、 次なる新天地「神田」に大移動です。 しかも今度の新オフィス、 これまでのはたらき方を見直し、 まったく新しい発想でつくるとか。 えっ?なにそれ?どういうこと? というわけで、秋頃までつづく 新オフィス完成までのてんやわんやを、 不定期連載でおとどけします。 担当は「ほぼ日」稲崎です。

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  • 『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。 - 「岩田さん」を知ってる人たち。『岩田さん』を読んだ人たち。

    任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた 『岩田さん』というを出しました。 それをきっかけに、いろんな方に 岩田さんのお話をうかがっているのですが、 この人にお会いしないわけにはいきません。 HAL研究所に在籍中、岩田さんとともに 『大乱闘スマッシュブラザーズ』を開発した ゲームクリエイター、桜井政博さんです。 はじめて出会ったころの話、 岩田さんが任天堂に入る前の話、 プライベートの一面‥‥たっぷりうかがいました。 桜井さんと、もう何年も前から親交のある、 ほぼ日の永田が担当します。 聞き手:永田泰大(ほぼ日) ──桜井さんが岩田さんと はじめて会ったのはいつですか? 桜井いちばん最初からいうと、 自分がゲームデザイナーを目指し HAL研究所に入ることを決めて、 面接を受けたとき、 その面接官のひとりが岩田社長でした。 岩田社長というより、 そのときは岩田部長ですね。 ──桜井さん

    『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。 - 「岩田さん」を知ってる人たち。『岩田さん』を読んだ人たち。
  • やりたいことのなかった青年は、いかにして「ダイナソー小林」になったか。ー小林快次先生の「三十年坊主」のススメー | ほぼ日刊イトイ新聞

    腕だけで「2.4メートル」もある 謎の恐竜・デイノケイルスや 日最大の全身骨格・むかわ竜など、 次々とすごい発掘をしてきた 恐竜研究者・小林快次さんは、 子どものころから大の恐竜好き‥‥ なんかじゃ、ぜんぜんなかった! それどころか、 やりたいことが見つからず、 もがき苦しむ青春を送っていました。 おなじ悩みを持つ若人に、 ぜひとも、読んでほしいと思います。 もちろん恐竜のお話も、たっぷりと。 (もともとその取材だったんです) 担当は「ほぼ日」奥野です。 >小林快次さんのプロフィール 1971年、福井県生まれ。 米国の大学で学部を卒業し、博士号も取得する。 現在、北海道大学総合博物館教授。 恐竜の進化、生活復元、生活地域や移動等、 多岐にわたって研究している。 「恐竜がどうやって鳥に進化したのか」や 「北極圏のような 厳しい環境にどうやって棲めたのか」など、 恐竜について多くのテーマを追

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  • 犬や猫を飼ってると毎日たのしい。 - 犬と猫どっちも飼ってる松本ひで吉さん。 - ほぼ日刊イトイ新聞

    糸井 どうもはじめまして。 松 はじめまして。 よろしくお願いします。 糸井 ぼくはこのマンガ、 ベテランの方が描いてるんじゃないかと 思ってたんです。 なので、はじめてお会いして、 いまちょっとびっくりしてます。 松 はい、ベテランではないです。 新人でもないですけど(笑)。 糸井 このマンガ、 こんなふうに人気になるとは 思ってなかったでしょ? 松 思ってなかったです。 になるとも思ってなかったので、 1巻なんてまだ落描き感があります。 最初はサラッと描いてたので。 糸井 最初からツイッターに? 松 ほんとの最初はマンガじゃなく、 「犬かわいい」みたいなツイートをしたんです。 それにけっこう反響があって、 それならマンガにしてみようかなって。 糸井 ああ、なるほど。 「マンガにしよう」の前があったんだ。 松 そうなんです。 最初は犬が毎日まったく飽きることなく生きてて、 そ

    犬や猫を飼ってると毎日たのしい。 - 犬と猫どっちも飼ってる松本ひで吉さん。 - ほぼ日刊イトイ新聞
    nekomori
    nekomori 2019/07/15
    ひで吉先生自画像と違って良いおねえさんだった
  • ウェブマンガ座談会 - ほぼ日刊イトイ新聞

    2015年に大好評だった企画 「マンガ家座談会」の第2弾です! 糸井重里が注目するマンガ家3名をお呼びして、 ご自身の作品のことはもちろん、 いまのウェブマンガに秘められた可能性などを、 たっぷりとおしゃべりしていただきました。 今回はスペシャルゲストとして、 マンガ雑誌「ガロ」の元編集長・南伸坊さんにも お越しいただきました。 マンガを中心にすえた座談会でしたが、 クリエイティブ全般に共通する話が満載ですよ。 毎日すこしずつ、のんびりおたのしみください。 はい、そうです。 もともとルポマンガというか、 ノンフィクションものを描いていました。 この連載のときは、 とよ田みのる先生が紹介してくださって‥‥。 そういえば絵がちょっと似てるかも。 そもそもぼくは、 マンガの賞レースに参加してないんです。 というのも、 出版社に作品を持ち込む前に、 すでにネットでマンガを公開していたので。 あぁ、

    ウェブマンガ座談会 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • 19歳のほぼ日、はじまります。 - ほぼ日刊イトイ新聞

    2017年6月6日は、 ほぼ日刊イトイ新聞の創刊記念日です。 今年で19周年、つまり、19歳。 大人と子どもの境目のような年に、 新たなスタートを踏み出します。 日は、ほぼ日に加わった新しい力、 河野通和と早野龍五が 19歳のかたへむけた特別講義を行います。 また、TOBICHI京都も新オープン! 東京では、しりあがり寿さんの ライブペインティングを開催したり、 乗組員が特製ティッシュを配ったり。 これは‥‥てんやわんやの一日になりそう‥‥。 その様子を動画とテキスト中継でお届けします。 19歳のほぼ日のはじまりを、 ぜひ一緒にたのしみましょう!

  • 星野源さん、おめでとうございます!第9回伊丹十三賞の贈呈式に行ってまいりました。 - ほぼ日刊イトイ新聞 - ほぼ日ニュース

    こんにちは。です。 今年も、伊丹十三賞の贈呈式に 糸井重里以下数名の「ほぼ日」乗組員で参加しました。 わたしたち「ほぼ日」と伊丹十三賞のご縁は、 まずは第1回の受賞者が糸井重里であるということ。 それをきっかけのひとつとして 「ほぼ日の伊丹十三特集」を つくったことではじまりました。 その後もなにかと、宮信子さんや 宮さんが館長を務めていらっしゃる伊丹十三記念館さんと お付き合いさせていただいていることなどがあり、 この賞の贈呈式のたびに、毎回、ちいさなお手伝いをしつつ、 参加させていただいているのでした。 そして今回、第9回の受賞者は、 最近のテレビ音楽、執筆で、 ご活躍ぶりは語るまでもない、星野源さんです。 「ほぼ日」が星野源さんにお世話になるのも じつはけっこう長いのです。 たとえば、はじめてご人にご登場いただいたのは、 「MOTHER3」のときでした。 そして「タムくん」な

  • 上村一夫が、そこにいた時代。

    上村 糸井さん、今日はお越しいただいて ありがとうございます。 糸井 こちらこそ、ありがとうございます。 今日は客層がバラエティに富んでいますね(笑)。 上村 たくさんの方にお越しいただきましたが、 会場の皆さんの中にも、 「上村一夫展でなぜ糸井さん?」とお思いの方が いるかもしれないので、経緯からお話ししましょう。 上村一夫の没後30年という節目に 弥生美術館さんで回顧展を開催することになり、 ゲストの方をお招きしようとなりまして。 「誰にしようかな」と話していたところ、 糸井さんが「ほぼ日」で、父のことを 折にふれて思い出してくださっていたのが、 とても印象的だったんです。 糸井 上村さんの周りにはいつも、 世代の近い方がたくさんいらっしゃって、 ぼくは10歳ぐらい年下だったんですよね。 しかも上村さんは年寄りぶる人だったので、 なおさら年上のような存在でしたから。 「享年45」を数字

    上村一夫が、そこにいた時代。
  • 『MOTHER2』ふっかつ記念対談 はじめてのひとも、もういちどのひとも。 - ほぼ日刊イトイ新聞

    えー、このたび、 Wii U のバーチャルコンソールで 『MOTHER2』が配信されることとなりました! つきましては‥‥。

  • 2月29日は、さぼる日。

    4年に1度の2月29日、 東京糸井重里事務所はさぼります! 朝9時に会社に全員集合し、 それぞれがきちんと真剣にさぼり、 夜7時に再び集合します。 みなさんも御一緒にいかがですか? くわしい経緯などはこちらからどうぞ。 さあ、さぼるぞ、さぼるぞーー!

    2月29日は、さぼる日。
  • ほぼ日刊イトイ新聞 - 京極夏彦はいつ眠るのか。

    小説家の京極夏彦さんが ミステリーの話でもなく、妖怪の話でもなく 「寝ない人」として「睡眠論」に登場してくれました! どうして寝ないのか、ほんとに眠くはないのかと いさんで話を聞きに行ったのですが‥‥。 糸井重里との対談は冒頭から脱線につぐ脱線。 とにかく、いろんな話が出てきます。 でも、それはそれで、たいへん愉快でしたので どうぞそのまま、お楽しみください。 もちろん、京極さんの「寝ない」についても そのうち、出てくることでしょう。 睡眠の話も、それとは関係ない話も 「ほぼ日の睡眠論。」外伝として どうぞ気長に、お付き合いくださいませ。

  • 宮本 茂 × 糸井重里 ひとりではつくれないもの。 - ほぼ日刊イトイ新聞

    『スーパーマリオブラザーズ』が ファミコン用ソフトとして発売されてから 今年で30年になるそうです。 その記念すべき年に発売された最新のマリオは、 Wii U用の『スーパーマリオメーカー』。 なんと、マリオのコースを自由につくれるソフトです。 マリオについて語っていただくとしたら、 やっぱり、どうしても、宮茂さんです。 糸井重里が久しぶりに会いに行きました。 顔を合わせてはいたふたりですが、 長く、深く話すのは、久しぶりのことでした。 たぶん、いろんな話が行き交うことになると思います。 そのはじまりに、糸井重里はこう言いました。 「思った通りにしゃべりはじめましょうか。」 糸井 今日は、大きなテーマとしては、 『スーパーマリオメーカー』について 久しぶりに宮さんと会って話しましょう、 ということなんですが。 宮 はい(笑)。 糸井 でも、きっとそれ以外の話も、やっぱり。 宮 はい、

    宮本 茂 × 糸井重里 ひとりではつくれないもの。 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • 宮本 茂 × 糸井重里 ひとりではつくれないもの。第1回 まずは、その話をしましょうか。 - ほぼ日刊イトイ新聞

    『スーパーマリオブラザーズ』が ファミコン用ソフトとして発売されてから 今年で30年になるそうです。 その記念すべき年に発売された最新のマリオは、 Wii U用の『スーパーマリオメーカー』。 なんと、マリオのコースを自由につくれるソフトです。 マリオについて語っていただくとしたら、 やっぱり、どうしても、宮茂さんです。 糸井重里が久しぶりに会いに行きました。 顔を合わせてはいたふたりですが、 長く、深く話すのは、久しぶりのことでした。 たぶん、いろんな話が行き交うことになると思います。 そのはじまりに、糸井重里はこう言いました。 「思った通りにしゃべりはじめましょうか。」 糸井 今日は、大きなテーマとしては、 『スーパーマリオメーカー』について 久しぶりに宮さんと会って話しましょう、 ということなんですが。 宮 はい(笑)。 糸井 でも、きっとそれ以外の話も、やっぱり。 宮 はい、

    宮本 茂 × 糸井重里 ひとりではつくれないもの。第1回 まずは、その話をしましょうか。 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • ほぼ日刊イトイ新聞-糸井重里の脱線WEB革命

    第22回 コンピュータは怖くなかった。 二度ほど臨時の原稿を書いてしまったので、 第18回の続きが唐突に出てくることになってしまった。 前回は、コンピュータのことを、 やや斜めに見ていたぼくの前に、 「HAL研究所」の岩田さんが登場した というところまでだった。 「MOTHER2」というゲームづくりが 行き詰まっている所に、岩田さんの登場は、 まるでスーパーヒーローのようだった。 いまではしょっちゅう会っている人なので、 いまさら彼をほめたりするのは難しいのだが、 ぼくの「脱線web革命」を語るためにはしかたがないのだ。 「MOTHER2」は、岩田さんの「見積もりどおり」に、 ドタバタしながらも完成した。 期待や不安を、おろおろしながら語り合うよりも、 「いまある現実」を、正確に把握して、 次にやるべきことを、ひとつづつ積み上げていく。 この当たり前のシステムを、 実際に組み上げて確実に実