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*musicと東京に関するnijigenjinのブックマーク (10)

  • 現在のJ-POPに至る“ネガな東京”はこのとき誕生した | “東京”はどのように歌われてきたのか(前編) - 音楽ナタリー

    “東京”はどのように歌われてきたのか (前編) [バックナンバー] 現在のJ-POPに至る“ネガな東京”はこのとき誕生した タイトルに“東京”が含まれる曲から見る東京のイメージの変遷 2020年7月1日 19:10 495 43 都知事選の投開票日を直前に控えた東京。日の首都として政治・経済の中心を担い、多様な文化を発信する一大都市でもあります。 日の大衆音楽歴史を紐解くと、過去から現在に至るまで、実に多くの東京について歌う楽曲があることがわかります。“東京”“TOKYO”などをタイトルに冠した曲だけでも確認できた限りで1500曲以上。“銀座”“六木”“麻布”など東京の中の地名や、タイトルにはなくても歌詞に歌われている曲まで含めるとさらに膨大な数に上ります。 それらの楽曲の中で歌われる“東京”像は千差万別。曲によっては夢のような街であり、別の曲では非情な冷たい街であり、複雑な愛憎入

    現在のJ-POPに至る“ネガな東京”はこのとき誕生した | “東京”はどのように歌われてきたのか(前編) - 音楽ナタリー
  • 東京・Zepp DiverCityと大阪・Zepp Nambaが来春オープン

    Zepp DiverCityはZepp Tokyoも営業している東京・お台場に建設中の複合施設、ダイバーシティ東京の商業施設部分1F&2Fに出店。場内はスタンディング時で既存のZepp Tokyoよりも約200人少ない2500人を収容する。なお、Zepp DiverCityのオープン後も既存のZepp Tokyoは営業を継続する。 Zepp Nambaは、2012年春に営業が終了するZepp Osakaの移転先として計画されているライブハウス。南海電鉄今宮戎駅、市営地下鉄恵美須町駅、市営地下鉄大国町駅から近い大阪市浪速区敷津東2丁目に建設される。収容人数はZepp Osakaよりも320人多い2500人を予定している。

    東京・Zepp DiverCityと大阪・Zepp Nambaが来春オープン
    nijigenjin
    nijigenjin 2011/10/24
    楽しみ
  • 来春お台場に2つ目のZepp Tokyoオープン、現Zeppも並存

    新Zepp Tokyo(仮)が開業する場所は、既存のZepp Tokyoからほど近い東京都江東区青海の東京臨海副都心地区。東京都江東区青海1丁目1番地にて開発が進められている複合施設「(仮)青海Q街区計画」の商業施設部分1F&2Fに出店する。 営業期間は事業用借地権設定契約期間である20年を予定しており、収容人数はスタンディング時で既存のZepp Tokyoよりも約200人少ない2500人。なお既存のZepp Tokyoは、新Zepp Tokyo(仮)オープン後も営業を継続し、お台場に新旧のZepp Tokyoが並存することになる。

    来春お台場に2つ目のZepp Tokyoオープン、現Zeppも並存
  • asahi.com(朝日新聞社):ニコニコ動画がライブホール 六本木ヴェルファーレ跡地 - 文化

    ライブホールのイメージ写真ライブホールのイメージ写真  動画共有サイト「ニコニコ動画」を運営するニワンゴと親会社ドワンゴ(いずれも社・東京)は22日、東京・六木にライブホールをつくる方針を明らかにした。天井と壁4面に巨大モニターを設置し、ネット経由でサイト利用者が書き込む大量のコメントが、来場者を360度囲むように流れるようにする。  ホールは今年7月、かつて若者を中心に人気を集めたディスコ・六木ヴェルファーレの跡地にあるビル内にオープンする。名称は「ニコファーレ」。収容人数は約250人。巨大モニターなどの設備・内装には数億円をかける予定だ。  歌手のライブなどイベントを開き、同サイトが力を入れているリアルタイムでの配信「生放送」で番組として流す。「弾幕」ともいわれるネット利用者による大量のコメントが会場内のモニターを流れることで、観客とネット利用者が一体感を抱けるようにする。(赤田

    nijigenjin
    nijigenjin 2011/05/23
    六本木のライブハウスは需要ありそう。しかしヴェルファーレ跡地か
  • すたしょ日記

  • ROCKS TOKYOに横山健、ホルモン、BAWDIES、NICO追加

    新たにラインナップに追加されたのは、Ken Yokoyama、マキシマム ザ ホルモン、THE BAWDIES、NICO Touches the Wallsの4組。第1弾で発表された10組とあわせて、14組の出演が決定した。なおアーティストは今後も追加される。 チケットは4月9日より一般発売がスタート。 ROCKS TOKYO 2011 2011年5月28日(土)東京都 若洲公園 2011年5月29日(日)東京都 若洲公園 OPEN 10:00 / START 12:00 <出演者> 10-FEET / andymori / THE BAWDIES / [Champagne] / 毛皮のマリーズ / Ken Yokoyama / マキシマム ザ ホルモン / The Mirraz / NICO Touches the Walls / POLYSICS / 世界の終わり / the tele

    ROCKS TOKYOに横山健、ホルモン、BAWDIES、NICO追加
  • 倖田來未のために4万7000人が集合、10周年記念東京ドーム公演を開催 | BARKS

    2010年、デビュー10周年を迎えている倖田來未が、10年目の最終日となる12月5日に東京ドームにて自身2度目のドーム公演<KODA KUMI 10th Anniversary ~FANTASIA~>を開催した。4万7000人のオーディエンスが倖田來未の10周年を祝うために集まったこの公演は、もちろんソールドアウト。倖田來未は、多くのファンを前に驚きと感動、号泣のライヴを展開した。 ◆倖田來未 画像@2010.12.05<KODA KUMI 10th Anniversary ~FANTASIA~> ライヴのオープニングから倖田來未は魅せた。1曲目「Butterfly」で、幅2.6mの羽根を背負って登場。そのまま20mの高さから100mにわたって東京ドームの空を飛んだのだ。実は彼女、高いところが嫌いながら、今回、ファンを喜ばせるために1週間前からこのフライングの練習をしていたとのこと。 「1

    nijigenjin
    nijigenjin 2010/12/06
    Perfumeは5万人で、Uverworldは4万人。今週末のシドと年末のガゼットは何万人来場するのだろうか
  • LUNA SEA東京ドーム無料黒服ライブ&セルフカバー集発売

    LUNA SEAが結成当時の名義「LUNACY」として、東京ドームを会場にした前代未聞の入場無料ライブ「LUNACY 黒服限定GIG the Holy Night」を12月25日に敢行。さらに2011年3月16日に、セルフカバーアルバム「LUNA SEA」をリリースする。 2000年のバンド活動“終幕”以来約10年ぶりに格的に活動を再開し、11月27日のドイツ・ボーフムよりワールドツアー「20th ANNIVERSARY WORLD TOUR REBOOT -to the New Moon-」をスタートさせたLUNA SEA。今回新たに発表されたLUNACYとしてのライブは、12月23日・24日に決定していたLUNA SEAの東京ドーム2DAYSの翌日に行われる。イベントタイトルの「黒服限定GIG」とは、彼らがインディーズ時に拠点としていた東京・町田The Play Houseでスタート

    LUNA SEA東京ドーム無料黒服ライブ&セルフカバー集発売
  • ムック台風直撃の野音でライブ敢行!2011年計画を発表

    ムックが最新アルバム「カルマ」を携えての全国ツアー「MUCC Tour 2010 "Chemical Parade"」を、昨日10月30日の日比谷外大音楽堂公演よりスタート。終演後、来年1月に欧州ツアー「"Chemical Parade" in EURO」、5月に日武道館2DAYS公演を開催することを発表した。 ディスコサウンド、デジタルミュージック、そしてヘヴィロックを融合させた新作「カルマ」で新たな側面を提示したムック。ライブを重ねることでアルバムの楽曲がどのように変化するのか楽しみなところだ(写真:畔柳ユキ)。 大きなサイズで見る(全5件) ひさしぶりの海外ツアーとなる「"Chemical Parade" in EURO」は、年明け1月15日のモスクワ公演より開幕。計5カ国6公演が予定されており、ツアーファイナルは1月23日にパリで迎える。また5月の日武道館公演は、5月21日・2

    ムック台風直撃の野音でライブ敢行!2011年計画を発表
  • 火災被害ビルの高円寺20000V、場所と名前を変え再出発

    東京・高円寺の居酒屋から出火し4人が死亡した火災の影響で、営業を休止していた同ビル内のライブハウス・高円寺20000V。このライブハウスが場所を東高円寺に移し「東高円寺二万電圧」と名前を変えて再オープンする。 同店の望月拓店長によると、20000Vは火災による実質的な被害はなく営業をすぐにでも再開することができたが、火災直後に役所や警察、消防が検証で入った際に「地下2階に非常階段がない」点が指摘され、20年前のオープン時と比べて厳しくなった現在の法律では「集会所」となるライブハウスの営業が行えないことが発覚。ビル側には改築の意向がなく、また20000Vの運営会社にも移転再開するための体力がなかったということで、結局そのまま閉店となり従業員も解雇された。 東高円寺二万電圧には、旧店舗の閉店時に店長だった望月、および彼の前に店長を務めていた石田を中心に、全員ではないものの当時の20000Vスタ

    火災被害ビルの高円寺20000V、場所と名前を変え再出発
    nijigenjin
    nijigenjin 2010/10/13
    >「高円寺駅付近はライブハウスの評判が悪く、やらせてもらえませんでした。家賃も高かったですし」とコメント
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