ブックマーク / youkoseki.com (2)

  • 新年だから人類はHTMLを手打ちしろ

    youkoseki.com 新年だから人類はHTMLを手打ちしろ 新しい年だ。人並に新しいことを始めようなどと考える人もいるだろう。しかし、なにを始めればいいのか? 僭越ながら一つ提案をさせてもらえるなら、私はこう言いたい。HTMLを手打ちしろ。ハイパーテキストマークアップランゲージを学べ。なぜなら、個人がコツコツとタグを手打ちしたウェブページには暖かみがあるからだ。 私は中学一年生のとき、はじめてパーソナルコンピュータを買ってもらった。中学受験がうまくいったら買ってもらえるという約束で、受験には失敗したのだが、買ってもらったのだ。中学時代、ほとんどずっとパソコンと向かいあっていたが、CONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATを書き換えてメモリ残量の上下に一喜一憂していた記憶しかない。あとA列車で行こう4や、ルナティックドーンのようなアートディンクのPCゲームWindows 3.1。

    新年だから人類はHTMLを手打ちしろ
    nmcli
    nmcli 2021/01/01
    手打ちにこだわり過ぎるとすぐスパゲッティコードになっちゃうんです
  • ルッキズムが否定されたとき、広告は何を語るのだろう

    youkoseki.com ルッキズムが否定されたとき、広告は何を語るのだろう 私は、広告というものが昔から好きであった。しかし広告のメッセージが、ときどき(あるいは頻繁に)息苦しく感じることも確かである。その息苦しさは、最近、Netflixが見事に広告にしてみせた。 私もこれはすごく良い広告だと思うのだが、ちょっと意地悪に言えば、あれをしろこれをしろと言っていた広告が、次にはリラックスして君は君らしくあればといいと言いはじめるのは、この業界の常套手段でもある。緊張と緩和、アメとムチだ。 一方で、なんだか潮目が変わりつつあるのかなと思うこともある。それはルッキズムに関することである。 たとえば、外見をよくしよう、というのは広告の基的なテンプレートであった。具体的には、お洒落になってモテよう、恋を見つけよう、できる男は見た目が違う、ママになっても綺麗に、何歳になっても若々しく、みたいな。多

    ルッキズムが否定されたとき、広告は何を語るのだろう
    nmcli
    nmcli 2019/05/09
    視聴覚に訴える広告なんだから仕方ないのでは
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