タグ

関連タグで絞り込む (0)

  • 関連タグはありません

タグの絞り込みを解除

bm447995に関するnobodyのブックマーク (12)

  • 『福知山線5418M 一両目の真実』出ました - まんぷく::日記

    この記事は以下へ移動しました。 →『福知山線5418M 一両目の真実』出ました(https://ima.hatenablog.jp/entry/20061122/fukuchiyama)

    『福知山線5418M 一両目の真実』出ました - まんぷく::日記
  • 新刊案内『福知山線5418M 一両目の真実』(ISBN:4767805961) - まんぷく::日記

    この記事は以下へ移動しました。 →新刊案内『福知山線5418M 一両目の真実』(ISBN:4767805961)(https://ima.hatenablog.jp/entry/20061106/fukuchiyama)

    新刊案内『福知山線5418M 一両目の真実』(ISBN:4767805961) - まんぷく::日記
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    桜の季節になった。一年間の私の仕事サイクルのうち、前半で最も忙しい時期が、今年もまたやってきた。 前章で、地道ながら無理をしないと表現したばかりの阪急が、投資ファンドの影響とはいえ、阪神を統合することを検討しているという、信じられないようなニュースが飛び交う中、新聞社や通信社の、事故1年を機にした取材が増えてきた。先にも書いたように、取材を受けることは私の責務でもあると思っているので、夜まで仕事をした後、21時に待ち合わせをするなどして、取材を受けることが続く。新聞社3社、通信社2社の取材を受けたが、正直忙しい時期なので疲れる。 この取材における記者の質問の中で、多かったもののひとつが、一年を機に現場に行かれますか?、というものであった。実は、これまで現場検証でたまたま行っただけなので、ちゃんとした形で献花に行こうと思っているのだが、ちょうど一年のタイミングで現場に行って、同じ会社の知り合

    nobody
    nobody 2006/08/06
    <-- private -->
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    私は今回の事故で、2つの大きな矛盾を抱えることとなった。 ひとつは、昔から鉄道旅行を好み、近年は鉄道の廃線跡を歩くことをひとつの趣味として、1冊の拙著を出してしまったほど、鉄道といい意味での関わりを持っていたのに、まったく裏切られる形となったことである。 事故後、しばらく意識を失っていたことや、マンション1階の駐車場の狭い空間に閉じこめられ、あまり周囲の様子が見えなかったこと、そしてヘリコプターや救急車のサイレンなどの音が全く聞こえなかったことが幸いしたのか、今でもPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされることはなく、電車に乗ることに対して、特に抵抗はない。ただ、鉄道により命を落とす寸前までいったということは、全く想像すら出来なかったことで、誠に悲しいことである。 この手記をインターネット上に公開して以来、100を越える感想メールをいただいた。どの方も、真剣に私の長い駄文に向きあわれ、

    nobody
    nobody 2006/06/21
    <-- private -->
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    脚の痛みは依然として残るものの、体はかなり快適に動くようになってきた。そんななか、一つやり残していることがあった。それは事故現場への訪問である。 ただ、なんとなく漠然と───ではあるが、あの、死を意識するほどの凄惨な体験をした現場に、自らすすんで足を運びたくないような、そんな複雑な気持ちを、併せ持っているのも事実だ。何か都合のよい用事があればいいのにな、などと勝手なことを思ってしまう。 事故にあって以来初めて電車に乗り、あの現場の横を通った───7月下旬のことであった───時には、さすがに相当意識したものだ。しかしそれ以来、走る電車の車窓からではあるが、献花台が置かれている現場の横を、幾度となく通り過ぎても、あまりにこざっぱりと整理されているためか、直視しても不思議なほど自分の中でフラッシュパックもしないし、実感のようなものも湧かなかった。 また車窓から見る限り、現場に行っても、背が高く張

    nobody
    nobody 2006/06/21
    <-- private -->
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    深くしゃがんだり、走ったりすることなどはとてもできないながらも、普通に歩くことには苦痛が少なくなり、8月から仕事に復帰できる目途が立った。といっても、脚の痛みはまだとれたわけでないし、ちょうど真夏の暑い盛りである。毎日、空調が効いていて、室温が一定した所にいることに慣れた身としては、多少の不安もないではない。しかし、精神的な喜びがすべてに勝る。 ただその前に、是非ともしておきたいことがあった。それは、あの事故で挟まれて動けなかった時、現場に駆けつけて、「がれきの下の医療」を施してくださった先生へのお礼と、経過報告である。 その先生が、「済生会○○病院」のどなたであったのか、事故後もずっと気になっていたのだが、自分の勤めている会社のある記者が解決してくれていた。それは、まったくの偶然からであった。 5月のある日、その記者は、滋賀県のとある病院の医師チームが尼崎の脱線事故現場に直接駆けつけ、「

    nobody
    nobody 2006/05/12
    <-- private --> 第9章が掲載されていました. (また第8章にも後半が追記されています).
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    松葉杖によって、不自由ながらもようやく体の移動ができるようになった6月の第2週の週末、ある知らせが飛び込んできた。翌火曜の14日に、JR西日の垣内剛社長が、私に謝罪に来るというのだ。 ほかの病院では、ずいぶん前に社長が謝罪にきたらしいのに、ここには来ないなぁ・・・と、ほかの入院患者と話していたのだが、おそらく、18日に予定されているJR西日による遺族・被害者向けの説明会、及びその翌日の福知山線不通区間の運転再開が、目前に迫ってしまい、とり急ぎ来ることになったのであろう。がJRの担当者に尋ねたところによると、私が入院している病院は、他の病院より大阪から遠いために、訪問が後回しになってしまったという、なんとも訳の分からない釈明がなされたらしい。 いずれにしても、急にではあるが、たいへん重要な局面が訪れることとなった。事故の加害企業の最高責任者が、この病室に来るというのである。言いたいこと

    nobody
    nobody 2005/11/18
    <-- private --> 第6章が掲載されていました.
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    3日目に、ICUから一般病棟に移された。重傷であることもあって、ナースステーションに近い、モニターカメラが付いた個室が私の病室となった。この部屋が、私にとって、自らの再生をかけた当面の「戦場」となる。 そしてこの頃から、私が事故車両に遺してきた遺留品探しも格化した。私の勤めている会社の人たちが、JR尼崎駅近くの引き取り会場と、病院との間を奔走してくれて、いくつかのものが戻ってきた。 まず帰ってきたのが鞄であった。家族が買ってくれたばかりの、まだ真新しかった黒い鞄は、外側だけでなく、中まで血だらけで、すでにカビが生えていたとのことであった。そんな状態であったから、中身だけ抜いて、すぐ家族が廃棄し、私は鞄そのものは見ていない。 だだ驚くべきことに、鞄の角には、なんと「肉片」がついたままであったという。これでは、事故に直接あっていない人までもが、PTSDにかかってしまう。これくらいJRも考慮し

    nobody
    nobody 2005/09/23
    <!-- private --> #5of5 (6以降はまだ公開されてない)/→#6まで公開(Nov2005)
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    すでに救急車が待ち構えていた。救急車の乗るのは生まれて2回目だ。その後部ドアが閉まった瞬間、車内の救急隊員に、相変わらず涙ながらに叫んでいた。 「現場でのレスキュー隊員たちに、ありがとうと礼を言ってください」 「わかりました」 この救急車に同乗している救急隊員からすれば、僕を助けてくれたレスキュー隊員たちが、どこの誰だか知る由もないはずであるから、そんな伝言が果たせないのは頭では判っている。それでも、相変わらず感謝の言葉を発せずにはいられない自分がいた。 車が動き出す。しかし、それにしても乗り心地が悪い。後輪のばねが、跳ねているように感じる。自分の体は、しっかり固定されているために、ストレッチャーから転げ落ちるようなことはないのに、いつの間にか体に力が入っている。この救急車が旧型で、サスペンションが、商用バンのような板バネなのだろうか。もしも私が金持ちならば、もっとサスペンションのいい救急

    nobody
    nobody 2005/09/23
    <!-- private -->
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    やがて、男性が車内に入ってきた。医師だ! 彼は、僕とほかの3人の男性の脈や瞳孔を、丁寧に調べはじめた。そして、ひととおり調べ終わると、レスキュー隊に対し、僕を最優先に救出すべしとの助言を行った。あとで知ったことであるが、これはトリアージといって、今回のように多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や程度に応じ、治療や搬送の優先順位を決めるという、災害医療における重要行為である。トリアージは人の命に直接かかわるので、慎重になるのは私にもわかる。 しかしこの判断は当然だ。ほかの男の人はすでに亡くなっているし、レスキューの方々は、ここ何時間かは僕を救出するためだけに、一生懸命作業をしてくれているのだから、と思った。と同時に、医師がもし私を最優先に、と言ってくれなかったらどうしようと、不安になったことも確かだ。このとき、酸素マスクもつけてもらったような気がする。 この医師がいったん引き下がった後

    nobody
    nobody 2005/09/23
    <!-- private -->
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    なんとなく目が覚めた。というより、目が開いたといった感じであろうか。あれから、どのくらいの時間が経ったのかはわからない。車内は、薄暗いせいなのか、それとも埃が漂っているのか、なんとなくもやっとしている。 目の前は、世界から色が抜けてしまったような、彩度の低い瓦礫の光景が広がっている。やはり進行していた方向からみると、私は後ろのほうを向いているらしく、視線の先には少しばかりの空間があるのがわかる。そして、上下の感覚がどうも変だ。そう、目に見えている世界自体が横倒しになっているのだ。 しかし、異様に静かであった。いや、もしかしたら音はしていたのに、その記憶がないだけかもしれない。 そして、もやっているのは、目の前に広がる光景や音だけでなかった。自分の意識もである。あまりにぐちゃぐちゃな、これまで見たことのない光景に、なんだか現実でないように感じる。 もしかしたら、昨日までの疲労のために居眠りを

    nobody
    nobody 2005/09/23
    <!-- private -->
  • 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

    昨年11月、このページを書籍化したが発売されました。 「福知山線5418M 一両目の真実」(エクスナレッジ刊、1,470円 ISBN-13: 978-4767805962 ASIN: 4767805961)です。 このHPに掲載している文章をもとに、加筆・修正しています。 (著者印税は交通遺児のために全額寄付させていただいております)

    nobody
    nobody 2005/09/23
    hkaさん経由.
  • 1