はじめに ソフトウェア産業は、見かけ上ハードウェア産業と似た構造を持つように見えます。どちらも工学的な手法を用い、製品を量産し、利用者に提供するという点では共通しています。しかし本質的にはまったく異なる原理で動いており、ハードウェアの世界で成功してきた「マスプロダクションの原理」は、ソフトウェア業界ではほとんど機能しません。なぜなら、ソフトウェアは「作る」ことが生産ではなく、「複製」そのものが供給行為になるからです。つまり、ソフトウェアには「製造」という工程が存在せず、工業社会が築いてきた品質向上のメカニズムが入り込む余地がありません。本稿では、量産という原理が持つ意味を整理し、ソフトウェアにおいてそれがなぜ働かないのかを論理的に明らかにします。 ハードウェア産業におけるマスプロダクションの構造 ハードウェアの品質は、統計的工程管理によって支えられています。つまり、同じ製品を大量に作ること

