自民党を現在の崩壊的危機に導いたのは、自民党を甘やかし、それと同時に自民党の政治家たちに迎合し、ひたすらゴマスリを続けてきた保守論壇の御用文化人たちだが、ささしずめ渡部昇一はその筆頭だが、東條英機について、こう書いている。 東條さんが陸軍次官になったのは昭和十三年(1983年)ですから、支那事変勃発の翌年です。ですからここで注目しておきたいのは、東條さんは、支那事変が起こったことには何の責任もないということです。支那事変はアメリカとの戦争につながる一番の大きな要因ですが、それには東條さんは何の関係もなかったということは指摘しておくべきでしょう。それから昭和十一年(1936年)の日独防共協定にも、昭和十二年(1937年)の日独伊三国防共協定にも関係しません。全く関係がなかったということを強調しておかねばなりません。(『東條英機 歴史の証言』) 渡部昇一の『東條英機 歴史の証言』は、こういう言