2007年5月に刊行開始した「西脇順三郎コレクション 全6巻」。こちらに「回想の西脇順三郎」と題して、西脇順三郎を語るにふさわしい、生前西脇と交流のあった故人のエッセイを収録しています。この「西脇順三郎コレクション」に収録されていない、エッセイをご紹介します。 掲載エッセイの内容 小 伝 鍵谷 幸信(英文学者、詩人、音楽評論家) 人類の夏至 田村 隆一(詩人) 学匠西脇先生 由良 君美(英文学者) 西脇順三郎コレクションへ
2007年5月に刊行開始した「西脇順三郎コレクション 全6巻」。こちらに「回想の西脇順三郎」と題して、西脇順三郎を語るにふさわしい、生前西脇と交流のあった故人のエッセイを収録しています。この「西脇順三郎コレクション」に収録されていない、エッセイをご紹介します。 掲載エッセイの内容 小 伝 鍵谷 幸信(英文学者、詩人、音楽評論家) 人類の夏至 田村 隆一(詩人) 学匠西脇先生 由良 君美(英文学者) 西脇順三郎コレクションへ
以前「極東ブログ: [書評]にっぽんの商人(イザヤ・ベンダサン)」(参照)で、江戸時代の商人倫理に少し触れたが、同書は当時の貨幣経済について詳しくは書かれていない。それがどうしたわけか、このところ江戸時代の貨幣経済がどうなっていたのか気になっていろいろ散発的に調べてみた。面白いのだこれが。 銭形平次が投げていた銭は寛永通宝だというのはいいが、これって円の単位が確定した昭和28年まで日本国の通貨として使えたとは知らなかった、いやそれは曖昧な情報かもしれないのだが。また寛永通宝は中国やベトナムにも輸出していたともいう。それってどういうことなのか。宋通元宝や太平通宝といった宋銭がなぜ和銭ではなく宋の銭なのかはいいとしても、それが流通していたというのは同じ経済圏だったのだろうか。永楽通宝は明が対日本向け専用に鋳造したというのだが寛永通宝では逆転したわけだ。それにはどういう歴史的な意味があるのか。
自民党の「米粉加工食品を普及推進する議員連盟」が発足し、福田首相が食糧危機に関連して「こういう内外情勢になると、食糧自給率を上げることは国家戦略上の課題だ」とあいさつしたという。この点は民主党も同じで、「自給率100%をめざす」などと言っている。 しかし、この政策は論理的に間違っている。いま起こっている食糧危機は、穀物価格の上昇である。以前の記事でも書いたように、高騰した小麦の国際価格でさえ、国内価格の約半分。米は1/3だ。自給率を高めるというのは、割高な国内穀物を増産することだから、価格高騰の対策にはならない。むしろ自給率(国内農家)を守るための補助金が、穀物の価格をさらに高くしているのだ。 では、供給の絶対的不足は起こるだろうか。1993年、米の凶作で260万トンの緊急輸入が行なわれたことがある。その原因は、減反政策で半分近い水田が休耕田になっていたためだ。普通に生産していれば、凶
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