井上達夫『世界正義論』は一言で言えば、「国境を越え、覇権を裁く正義」としての世界正義を追求する書物である。それゆえ、彼は「正義は国境を越えられない」という立場と「正義は身勝手に国境を超える覇権的なものでしかない」という立場を共に乗り越えなえればならない。要するに、井上は「正義は人それぞれだよ」論と「正義の押し付けはよくないよ」論の両方を反駁する必要に駆られているのである。 本書は五つのパート、すなわち①メタ正義世界論、②国家体制の国際的正統性、③世界経済の正義、④戦争の正義、⑤世界統治機構に分かれている。このうち①②③が「正義は人それぞれだよ」論への応答であり、④⑤が「正義の押し付けはよくないよ」論への応答である。まず、井上は「そもそも世界正義は可能なのか?」「可能なら、国際的に正しい国家体制はあるのか?」「そうした国家は、世界貧困の解決に取り組むべきなのか?」に答え、正義が国境を越えるこ