「わかっている。こういう皮肉な言い方はまだ生まれてもいない人間には不似合いだ。」本作の語り手は臨月の胎児、性別は男性、言うまでもなく名前はまだない。彼を宿す母の名はトゥルーディ、金色の髪を三つ編みにするのが似合う二十八歳の美しい女性、その夫=胎児の父であるジョンは詩人、乾癬で手の皮膚が荒れている。ジョンはトゥルーディが一人になりたいと望んだため家を離れている、が、その間に夫婦の家にはトゥルーディの愛人クロード(俗っぽい不動産開発業者)が入り浸っている。不埒なことにクロードはジョンの弟で、さらに邪悪なことに貧乏詩人の夫に愛想をつかしているトゥルーディと兄に劣等感を抱くクロードの二人はジョンを殺し、家(古くて汚いがいい場所に建っている)を売り払おうとしているのだ。「『決めるんだ』/『怖いの』/『しかし、話し合っただろう。半年後には、わたしの家にいて、銀行には七百万(引用者注:単位はポンドだから
![『憂鬱な10か月』 イアン・マキューアン、村松潔/訳 | 新潮社](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/d88d5befb5b4eef0f174fc004630e0207954d50f/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fwww.shinchosha.co.jp%2Fimages_v2%2Fbook%2Fcover%2F590147%2F590147_xl.jpg)