ギリシア世界では封印されたしまったゼロの概念は、それではその後どうしたかというと、インドにわたり、インドの数学に取り入れられていった。 ギリシアでは無が畏れられ、恐怖の対象ですらあったわけだが、東洋ではときすでに、老荘の無為自然があり、仏教の空があり、無の面目躍如があった。したがって、インドでは比較的早い段階から、数学にゼロの概念が導入されるようになり、628年には、その記号にsunya(シューニヤ)という名前が与えられている。sunyaとは本来、「...を欠いている、虚ろな」という意味で、龍樹が『中論』の中で「空」といったのはこのsunyaのことにほかならない。 このsunyaが10世紀にアラブ世界に伝わってSifrになり、12世紀にはイタリアに伝わりフィボナッチによってZephirumと呼ばれるようになった。このZephirumがやがて、私たちがよく知るZeroという語に変化していく。
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