町のペンキ屋の息子として産まれ、JR東海時代には新幹線の運転をしたことも。幼なじみからの愛称は「イトル」 生い立ち日記 ペンキ屋の息子として生まれる 1969(昭和44)年11月13日、名古屋市南区白雲町に、塗装業を営む父・実、母・きよ子の長男として生まれる。 町のペンキ屋の息子として、人々と明るく接する両親を見ながら育ち、幼なじみからは「イトル」の愛称で親しまれる。現在も生まれ育った町で暮らし、「人と人との距離が近い、地元が大好き」と明言。 ※写真:三才のとき、笠寺観音にて。 苦学の学生時代 大阪大学ラグビー同好会の仲間とともに。(前列左から二人目)大阪大学時代は四畳半一間のアパートで、テレビもない生活。実家の経営悪化によって仕送りが減り、パチンコ店でのアルバイトや奨学金で学費と生活費を自力でまかなう。苦しいながらも持ち前のバイタリティで専攻の土木工学、ラグビー、趣味のバイクと、忙しくも