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ブックマーク / p-shirokuma.hatenadiary.com (33)

  • 心理や社会適応の“ソリューション”を読むこと・書くこと - シロクマの屑籠

    ときどき、こんなメールを頂くことがあります。 「あなたのblogは、心理や社会適応について書くけれど、解決策はあまり示さない」 と。 ご指摘ごもっともで、私は、心理や社会適応についてハッキリとした解決策をblogにあまり書いていないような気がします。 一方で、あたかも気軽に心理や社会適応が好転するような“ライフハック”や“魔法の言葉”は、インターネットの内外でたくさんみかけます。読みやすいソリューションっぽいものが溢れている巷の風景をみる限り、どうして答えまで書かないんだとご指摘いただくのも、なるほど、その通りかもしれない、とも思います。 けれども、2000字程度の記事にソリューションが示されていて、それを読めば心理や社会適応が好転し自分の血肉になるって、どれぐらいあるんでしょうか?あるいは決定的な“魔法の言葉”というやつが、当にあるんでしょうか?そこらへん、私、疑問です。 短い文章で影

    心理や社会適応の“ソリューション”を読むこと・書くこと - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2010/04/02
  • 自己愛充足のためのネットツール比較――twitterを中心に - シロクマの屑籠

    ちょっと昔、「日のインターネットは残念」と言った人もいましたが、日のネットユーザーの過半数が、その場その場で自己愛を充たすためのツールとしてネットを活用しているというのは事実でしょう。ブログやMixiやtwitterなども、知的討論のためのツールではなく、他人から褒めて貰いたい・飢えた自意識を充たしたい・たくさんの人から注目されたい…そういった願望充足のためのツールとして普及してきた面が大きいようにみえます。 では、自己愛を充たすためのツールとしてのブログやtwitterの使い勝手はどうなのか?反応や注目を得るための難易度が高いのはどのツールなのか?長所や短所はどんな具合なのか?このエントリでは、自己愛の充たしやすさという視点から、既存のインターネットツール幾つかを比べてみようと思います。 比較表――twitterからウェブサイトまで いきなりですが、まとめたのが以下の表です。ネットツ

    自己愛充足のためのネットツール比較――twitterを中心に - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2010/02/25
    面白い視点、これだけで「twitter廃人」という親書が書けそう/オンラインゲームも表の中に入れて欲しいなぁ
  • 「シーンの最前線から退く覚悟はあるか?」 - シロクマの屑籠

    http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51153958.html (※画像へのリンクは、http://image.blog.livedoor.jp/blv42/imgs/f/9/f97a6dae.jpg) リンク先は、2ちゃんねる界隈では有名な「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」である。描かれているファッションには賛否両論あるにせよ、ファッションに賭ける熱情のようなものが伝わってくるフレーズだ。 さて、有名な「ガイアが…」に隠れて目立たないものの、その右隣のフレーズもかなり凄い。 シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあるか? by 山口(27) これを、中二病だとバカにするのは容易い。けれど、思春期のうちはそういう気持ちでチャレンジしたほうが、かえって色んなことが経験できるし、思い出もつくりやすいんじゃないかとも思う。若いうちは、“前のめりの没頭”というの

    「シーンの最前線から退く覚悟はあるか?」 - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2010/01/13
    オタク第一世代の人の方が、アーリーアダプターから降りたがらない傾向が強い気がする/あと団塊の世代とかね
  • 「価値のあるボク」を確認するために女性を求める男達 - シロクマの屑籠

    恋人が欲しい、セックスがしたい。ただし美人の処女に限る。 インターネットの「モテない」系の呟きを読んでいると、こういう内容のものを目にすることも多い。 “中古”というインターネットスラングは、ご存じだろうか。 車のことでも住宅のことでもなく、生身の女性を指すスラングだ。 つまり処女は“新品”、非処女は“中古”というわけで、ひどい話である。 「モテたい」「モテない」という男達の声によくよく耳を傾けると、彼らの願望が、単に恋人が欲しいとかセックスがしたいというわけではなく、「美人の恋人が欲しい」「処女とセックスがしたい」といった具合に、あれこれ条件付きのニュアンスを帯びていることに気付く筈である。彼らが求めているものは、単なる恋人、単なる性行為とは異なった何かのようにみえる。どういうことなのか。 女性は「価値のあるボク」を確かめるための勲章 つまり、こういうことらしい。 「価値のあるボク」を確

    「価値のあるボク」を確認するために女性を求める男達 - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2010/01/06
    このあたりの認識はほぼ通底してきたように感じる。ブクマで吹き上がるのもいるけど/生活圏において、金銭・精神的にも低コストでそれが可能となる具体案をリスト化しはじめなければならないなぁ
  • あなたのコミュニケーション、言葉に頼りすぎていませんか? - シロクマの屑籠

    http://www9.nhk.or.jp/sakanoue/ NHKテレビドラマ『坂の上の雲』。原作が司馬遼太郎のこのドラマは、見事なところがそこらじゅうにあるけれど、阿部寛、木雅弘、菅野美穂、松たか子 といった俳優の演技も見所のひとつだ。正直、毎週楽しみで仕方がない。 名優達の演技はどれも、表情豊かで常に言外のメッセージに満ちている。例えば12/13の放送では、日清戦争に出兵する秋山好古とそのの別離のシーンが印象的だった。秋山好古は阿部寛が、そのは松たか子が演じているのだが、その言外のやりとりが見事というほかない。僅かにの側に台詞があるものの、秋山好古は馬上から僅かにゆっくりと微笑みを返すだけである。けれども、コミュニケーションは完膚無きまでに成立している。 あのやりとりに限らず、『坂の上の雲』には、言語だけでは到底描写しつくせないような精妙なコミュニケーションが随所にちりば

    あなたのコミュニケーション、言葉に頼りすぎていませんか? - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2009/12/14
    完全に同意/twitterは非常に便利だと思う反面、140Wという短文は、インターネット以前(テレホーダイ以前かな?)のパソ通時代に、短文がネット論争の火種になったことを思い出さざるをえない。
  • 「男の娘」をメジャーに育てた「ツンデレ美少女」 - シロクマの屑籠

    元来、オタク界隈では「ショタ」と呼ばれる幼年男子や「ふたなり」と呼ばれる両性具有のキャラクターがときどき登場し、少数ながらもコアなファンを獲得してきた歴史がある。しかし、それらが極端にメジャー化することは殆ど無かったし、「中身は男子だけど女装して美少女になっている」というキャラクターも比較的マイナーな部類に属していた*1。 ところが2005年頃からか、「中身は男子だけど女装した美少女」という属性のキャラクターがおおっぴらに支持を集めるようになり、オタク向けの女装テキストブックを書店で見かけるようにもなってきた。かなり人気のあるコンテンツにもいわゆる「男の娘」が登場し、ほとんど抵抗感なく支持されている状況は、かつての「ニッチな嗜好としての女装男子」の時代とは一線を画している。「萌え」の流行がいつも遅れて流入するアーケードシューティングゲーム界隈にまで「男の娘」が登場するようになったのをみるに

    「男の娘」をメジャーに育てた「ツンデレ美少女」 - シロクマの屑籠
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    otokinoki 2009/12/02
    萌えオタとは出自が違うけれど、永井豪・士郎正宗あたりが始祖の『筋肉ムキムキで刀や銃を振り回す姉ちゃん』へのボンクラ系の異様な耽溺も指摘しておきたい
  • 「他人を尊敬する力」を測るバロメータ - シロクマの屑籠

    誰かを尊敬する力、他人に敬意を抱く力 - シロクマの屑籠 ひとことで「他人を尊敬する力」と言っても、そのありさまは十人十色で、少ない人物を熱烈に崇拝する人もいれば、幅広い人物にまんべんなく敬意を抱いている人もいる。このため、一見すると「他人を尊敬する力」に違いはあっても優劣や強弱は無いようにみえるかもしれない。 けれども「他人を尊敬する力」には、割とはっきりとした強弱があると思う。少なくとも、社会適応への有利不利というのは間違いなくある。例えば、カリスマ的人物を熱烈に信奉している人などは、一見「他人を尊敬する力」が強いようにみえて、実際には「他人を尊敬する力」がかなり弱いと思うし、気付かないうちにいろいろ損をしている可能性も高い。 「他人を尊敬する力」が乏しい人ほど、尊敬対象が狭くなりやすい 私が「他人を尊敬する力」の強弱を見分ける際に真っ先にチェックするのは、「高い理想を引き受けてくれる

    「他人を尊敬する力」を測るバロメータ - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2009/11/24
    相変わらずの慧眼。田中芳樹への返歌(笑)
  • 親の重力圏からの脱出手段としての、ゲーム、アニメ、ライトノベル - シロクマの屑籠

    「萌え」や「オタク」がカジュアル化してきている昨今はいざ知らず、数年前までのオタク界隈は、“コミュニケーションの不得手な人間のシェルター”“リア充に曝されない安全地帯”としてもそれなりに機能していた。とりわけ、オタクバッシングが根強く、コミュニケーションに長けた人間がオタク界隈に流入すること自体が稀だった1990年代〜2003年頃までのオタク界隈は、外部からの風当たりは強くとも、いったん内輪に入ってしまえば快適な時間を過ごしやすかった。 けれどもそれだけではなく、ひょっとしたら、“ママのお人形”になってしまいそうな人にとって、母親の重力圏から一定の距離を保って伸び伸びとしていられる、数少ない安全地帯としても機能していたのでは?という風に最近は考えるようになった。つまり、同年代のスクールカーストからの安全地帯としてだけでなく、親世代の重力圏からの安全地帯としても、オタク界隈はある程度の役割を

    親の重力圏からの脱出手段としての、ゲーム、アニメ、ライトノベル - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2009/10/13
    面白い視点。団塊ジュニアの受験戦争真っ只中に多かった話の様な気もする/現在だと、子供がオタクになったとしてもコミュ力あるオタクにするにはどうすべきかみたいなことまで論じられている
  • 『サマーウォーズ』の大家族は、ぜいたくな懐古趣味に過ぎないのか - シロクマの屑籠

    先日、サマーウォーズ見たら死にたくなったという記事をみて、アホらしいと一笑に付していたけど、実際に映画館で『サマーウォーズ』をみているうちに、笑って済ませられなくなってきたので、文章にまとめておこうと思う。 リンク先の文章のように、“能力的に優れている人達の物語”というのも、羨ましがるポイントの一つかもしれない。しかし、それよりも私が羨ましく思ったのは、あの映画のなかで一貫している、血縁共同体内の承認と信頼のシステムとか、一族の理想とか、アイデンティティの牽引役としての年寄りとか、そういう描写のほうだ。 大家族は希少品、栄ばあちゃんも希少品 『サマーウォーズ』は、大家族の素晴らしさを描いた作品だ。けれどもあの大家族、どうみても希少な贅沢品の類である。ああいう大家族を維持しようと思っても、今日日、そのための基盤があまりにも失われている。[都市郊外への進出] [核家族化] [個人の自由と利便性

    『サマーウォーズ』の大家族は、ぜいたくな懐古趣味に過ぎないのか - シロクマの屑籠
    otokinoki
    otokinoki 2009/08/14
    最近のエンタメ小説のトレンドとして、血縁の再生というテーマがある
  • 『とらドラ!』で描かれた、母性のエゴイズムへの“処方箋” - シロクマの屑籠

    とらドラ10! (電撃文庫) 作者: 竹宮ゆゆこ,ヤス出版社/メーカー: アスキーメディアワークス発売日: 2009/03/10メディア: 文庫購入: 7人 クリック: 103回この商品を含むブログ (288件) を見る 『とらドラ!』がめでたく完結した。この方面の娯楽作品としては素晴らしいクオリティで、ずっと楽しませてもらった。しかもただ面白いだけでなく、あれこれと考えさせられる内容でもあった。 思春期を取り扱った作品の多くがそうであるように、この『とらドラ!』もまた、主人公達が自己決定していく物語であり、“親世代や社会との軋轢”*1に直面しながらも、それらと折り合いをつけていく描写が作中に含まれている。アニメ版25話で、実乃梨が自己決定について泣きながら訴えていた内容などは、思春期モノの作品では珍しくない。 とはいえ、幾つかの点で『とらドラ!』はいかにも今風で、興味をそそられる。 まず

    『とらドラ!』で描かれた、母性のエゴイズムへの“処方箋” - シロクマの屑籠
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    otokinoki 2009/03/28
    前世代との和解と伝統の継承だけが、呪いを溶ける/その対象が母性であり、それを書ききったのが女性著者というのが、男性の弱化を象徴していて悲しいなぁ/母性のディストピアを指摘したのは宇野常寛が先駆か?
  • 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』にみるオタクナルシシズム - シロクマの屑籠

    俺の妹がこんなに可愛いわけがない (電撃文庫) 作者: 伏見つかさ,かんざきひろ出版社/メーカー: アスキーメディアワークス発売日: 2008/08/10メディア: 文庫購入: 31人 クリック: 1,322回この商品を含むブログ (475件) を見る 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』(略して『俺妹』)という作品が、ライトノベル界隈で話題になっているようだ。売れ行きのほうもけっこうなものらしく、地方の国道沿いの書店でも見かけるようになってきた。 さて、この『俺妹』という作品、オタク向けの消費コンテンツとしてみればかなりあざとい。オタクのナルシシズムを充たすうえで最適のキャラクターと物語が展開されている。オタクな自意識・オタクな後ろめたさを持った読者を、気持ちの良いナルシシズムの境地へといざなう、魔法のライトノベルとさえ言えるだろう。 「ところで、ナルシシズムって何?」という人もいるか

    『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』にみるオタクナルシシズム - シロクマの屑籠
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    otokinoki 2009/02/06
    オタクという自分に一番重要なアイデンティティを妹に仮託して冷笑するのは、やっぱりマズイよ/男性作家の自意識問題ってなかなか解消しづらいなぁ。あとこのエントリを見て怒りまくるのもマズイ
  • 「ゲーセンクイーン」の成立条件と生態 - シロクマの屑籠

    ゲーセンクイーンって知ってるかい?はてなキーワードにも登録されてるね。「サークルクラッシャー」のほうが詳しく乗っているから知らん人は参照してくれ。今はどうか知らんが、昔はそういったことがしばしば起きていた。KOFがまだ98とかの頃の話だぜ。いい時代だったって?そいつぁ気が合うね。 http://anond.hatelabo.jp/20081025003044 いえいえ、「ゲーセンクイーン」は今でもしっかり存在していますよ。 いわゆる「ゲーセンクイーン」「姫」といった女性達は、津々浦々のゲームスポットで男達に囲まれながら、夢見るような笑顔を浮かべています。 「ゲーセンクイーン」の成立条件と、それに音楽ゲームが果たした役割 「ゲーセンクイーン」は、現在進行形で今も起こっている現象で、大都市のゲーセンでも、地方都市のゲーセンでもみかけます。ゲーセンクイーンを高頻度でみかけるのは、 1.ある程度の

    「ゲーセンクイーン」の成立条件と生態 - シロクマの屑籠
  • オタク達は、もはや技能集団でなくなりつつある - シロクマの屑籠

    古参のオタクさん達から、最近よく聞くニュアンス。 「オタクか否かの基準は、最近ではスペシャリストか否かを殆ど問われない」 「オタクとしての基準に、濃さという尺度は殆ど関係ない」 と。 さもありなん。かつてのオタクは、マイノリティ中のマイノリティ趣味を、自分の力で開墾しなければならず、その敷居の高さ故に各ジャンルのオタク・マニアになるには積極的かつ相応の労力が必要だった。消極的になれるほど、当時のオタク界隈は甘くなかったと記憶している。例えばパソコンゲームをやるにしても、最低でもMS-DOSを何とかいじれるぐらいの技能は必要だったし、テープレコーダー時代はもっとひどかった(らしい。そこまで旧い時代は私は経験してない)。同様の傾向がアニメその他にも言え、オタクオタクとして特化しアイデンティティを形成するには、コンテンツ探しやコンテンツ入手の段階から相応の努力・能動性・アクティビティが要求され

    オタク達は、もはや技能集団でなくなりつつある - シロクマの屑籠