タグ

ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (14)

  • 顔面偏差値の追放 - 傘をひらいて、空を

    またあの子も一緒に三人で事でもしようよ。私がそのようなメッセージを送ると、友人は半日おいて返信をくれた。マキノと二人ならいい。彼女は、悪い人ではないのだろうけれど、わたしは、しばらく一緒に事をしたくない。 友人はそこで通話に切り替える。私は通話に出る。友人は延々と話す。 彼女は楽しい人だとわたしも思う。ときどきおしゃべりをしたいと思う。でも今はいやだ。なぜかっていうと、あの人、わたしの写真を撮るの。あの人とわたしの写真でもなく、マキノとわたしと三人での写真でもなく、わたしだけ写ってるやつを。気がついてた? わたしは撮影されることをそれほど好まない。誰かと一緒に撮る記念写真のようなものは拒まない。SNSに載せるのは勘弁してほしい。でもそんなに神経質に拒んだりはしない。ふだんはね。でも彼女に撮影されるのはいやだ。だって彼女、どうしてわたしを撮るのかって訊いたら、「偏差値の高い顔面が好きだか

    顔面偏差値の追放 - 傘をひらいて、空を
  • かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を

    彼女は美容師である。都心の、美容室とギャラリーとファッションブランドが延々と並ぶ街で働いている。彼女のキャリアは結構なものだし、料金も高めなので、主なお客は二十代半ばから三十代の、美容に関心の高い女性だ。キュートなスタイルが得意で、美容室の口コミには「かわいくしてもらった」「大人かわいく」といった文言が並ぶ。 かわいさは絶対、引き出せます、と彼女は言う。わたしは、とにかくその方のお話さえ伺えれば、かわいくできる自信あるんで、いや、綺麗とかでもいいですけど、ええ、言ってることわかりますよね、うん、かわいいは作れる。 かわいくできなかった人はいないのかって?あっはっは、いー質問ですねー、うん、ゼロではないっすね。お話さえ伺えればって、さっき言ったでしょ、あのね、世の中には、聞いても聞いても「かわいい」の中身が出てこない方がいらっしゃいます。特定のお客さまの噂話はしない主義なんで、今からする話は

    かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を
  • 蛮勇と退屈 - 傘をひらいて、空を

    職場には男しかいないから、居心地はいいよ、えっと、要するに、ホモソーシャルなんだけどね。 僕がそう言うと目の前の女が黒いマニキュアを塗った爪をひらひらさせてでかい声で笑った。そして宣言した。なんだ、自覚してるんじゃん、よっ、このホモソ野郎。 すごいせりふである。完全に罵倒だ。そりゃ、僕が自分で言ったことの引き写しなんだけど、自覚がある人間ならののしってもいいというものではない。というか、自覚があることを示すのは非難を未然に防ぐためなのに、そういう自衛の作法がぜんぜん通用しないのだ。社会性に問題がある。 いい年をして奇抜な髪型、垂れ目のちょっと変な顔、ひじきみたいなマスカラ、いつも踵のついた。とてもよく笑う。誰であっても女性に対しては少し格好つけてしまうところが僕にはあるんだけど、この人はそういう意味で楽な相手だ。女だけど、恋愛対象が女だけなのだ。色恋沙汰に陥る可能性がゼロだとわかっている

    蛮勇と退屈 - 傘をひらいて、空を
  • なんでも上手な女の子 - 傘をひらいて、空を

    気を遣われていると思って緊張するとしたら、その相手は気を遣うことが上手ではない。もしかしてあれもこれも気遣いだったのではないかと思ったときにはもうだいぶ会話が進んでいる、それが上手な気遣いというものである。今日はそうだった。一対一で話すのがはじめての場で、もう一時間半経っている。やばい、と私は思う。若い人が気を遣っていることに気づかなかった。年長者として反省しなければならない。 なんでも上手なのが良いかといえば、そうではない。外交や商談ならともかく、個人と個人の人間関係なんだから、あんまり上手に気遣いをされては困る。私は上手に気を遣うことができない。したいんだけれども、どうもうまくない。私だけ下手なのはしんどい。だからみんなにもほどほどであってほしいと思う。 そのような私の都合とはうらはらに、ある種の人々は空気を吸うように気を遣う。目の前の若い女性もそうだ。気の利いた会話をしながら適度に

    なんでも上手な女の子 - 傘をひらいて、空を
  • 世界の底にあるべき網 - 傘をひらいて、空を

    ママなんか、と息子が言う。すごく怒っている。息子はもうすぐ五歳になる。五歳ともなると腹立たしいことがたくさんあり、しかもそれを言語化することができる。歯を磨いたあとにアイスクリームをべさせてもらえないこととか。現在の彼にとって、それはとても重要なことなのだろうとわたしは思う。しかしアイスクリームはあげない。歯を磨いた後だもの。 息子はとても怒っており、そのことを表現している。もうすっかり人類だなあとわたしは思う。わたしと同じたぐいの生物だと感じる。二歳まではそうではない。言語を解さない存在には隔壁を感じる(言うまでもなく、そういう感覚は愛情の有無とは関係がない)。赤ちゃんともなると喜怒哀楽が分化していないから、怒るということがそもそもできない。快不快の不快を泣いて示すのみである。 ママなんか、すばらしくないもん。 わたしは眉を上げる。息子は言いつのる。ママなんか、せかいいちじゃないもん。

    世界の底にあるべき網 - 傘をひらいて、空を
  • つまらない顔 - 傘をひらいて、空を

    年に一回、化粧品を買う。毎日きちんと化粧をするのではないから、スキンケアと日焼け止めと粉は買い足すけれども、色を塗るものは一年保つし、なんなら余る。なにごとにも流行はあり、最新の、とは言わないけれども、年に一度、簡易なメイクとフルメイクを更新するくらいの手間はかけようと思っている。 質的に化粧を好きなのではない。面倒だと思っている。それだから、年に一度の更新は自力ではない。いつも同じデパートの、化粧品ばかり売っているフロアの、決まった店のカウンターに行く。そうして注文を伝え、普段着とドレスアップ、ふたとおりの化粧をつくってもらう。今回は久しぶりに眉墨を買った。メイクをしてくれている美容部員の女性は私の眉の(多少整えただけの)形状をほとんどそのままなぞり、眉の中央にだけ別の色を乗せた。ご面倒でも二色使いされると、このように瞳が大きく見えます、と女性は言った。眉頭は描かなくていいでしょうかね

    つまらない顔 - 傘をひらいて、空を
  • 愛することなく愛されるということ - 傘をひらいて、空を

    連絡先を流し見る。しばらく連絡していない相手を選択し、定型文をコピー&ペーストする。さまざまなアプリケーションでそれを繰りかえす。一日程度のあいだに、ぽつりぽつりと返答がある。もちろん半分以上の連絡先は沈黙したままだ。 誰かが僕の近況を訊く。僕はまたしても定型文をコピー&ペーストする。そうしながら相手がどういう人だったかを思い出す。二年前に僕のことを好きだと言っていた人だ。他の女性といろいろあった時期で、だから申し訳なくてつきあえないと言ったら、泣きそうな顔をしていた。可愛い顔だった。 ある程度の年齢に達すると好意を押し殺して冷静に振る舞おうとする人も少なくない。けれども彼女はそうではなかった。大人げないほど感情豊かで、かわいそうなくらいに素直だった。まっすぐ走ってきてためらいなく自分の心をまるごとつかみ出して僕に差し出したような人。 ちょうどいい、と僕は思う。僕がふだん使わないのに消して

    愛することなく愛されるということ - 傘をひらいて、空を
  • 「尊い犠牲」候補の反乱 - 傘をひらいて、空を

    わたしはその映画、気が進まないな。評判がいいのは知ってるけどね、うん、できがいい悪いじゃなくて、おもしろいおもしろくないじゃなくて、わたし、なんていうか、パニックものの映画、観たくないの、あんまり。怖いんじゃなくて、えっと、怖いのかな、怖いのかもしれないな、映画そのものが、じゃなくって。 パニック映画の登場人物って、危機に際して真実の愛に目覚めたり、家族を守るために力を発揮したり、するじゃない?わたし、あれがだめなんだよね。そりゃあ、危機的状況で愛は燃え上がるんだろうし、家族の大切さも輝くんでしょうよ。そして彼らは危機を乗り越える。 そういうの観ると、愛して愛されている人間が生き残るべきだというメッセージを、わたしは感じ取っちゃうんだよね。ほら、わたし、家族とかいないし、作る気もないし、ひとりで生きてひとりで死ぬつもり満々でしょ。そういう人間はただでさえ風当たりが強いんだよ、この国の人は無

    「尊い犠牲」候補の反乱 - 傘をひらいて、空を
  • お母さんと呼ばれていたころ - 傘をひらいて、空を

    わたしの兄は海外出張中に事故に遭い、現地の病院から動かせない状態になった。義理の姉の一報を受けて駆けつけたら、義姉の両親もいて、たいそう立腹していた。義姉は無表情だった。その腕のなかで生後三ヶ月の姪が眠っていた。 義姉から電話がかかってくるようになった。わたしはいつもそれを取った。取れなければすみやかにかけ直した。死にたいと義姉は言った。週に一度言った。三日に一度言った。毎晩言った。十分間言った。三十分言った。二時間言った。私はそれを聞いた。義姉の電話はしばらくやんだ。わたしからかけると義姉はありがとうありがとうと言った。遠い声だった。その声がささやいた。 死にたくない。 わたしは兄夫婦のマンションを訪れ、休日ごとに姪を預かった。やがて義姉は貧血を起こし、棒切れみたいに無防備に倒れて頭を打った、と聞いた。姪は私のところにいた。義姉の両親は早口でわたしと兄を非難し、娘は引き取りますがそのうち

    お母さんと呼ばれていたころ - 傘をひらいて、空を
  • 正しいバカンス - 傘をひらいて、空を

    はい、これ。旅行?そう、年末年始だからべもの系はだいたい配り終わってて、こんなのだけど。ううん、うれしいよ、ありがとう、年末年始はけっこう休めた?今回は死にかけの有給を救ってあげることができた。珍しいね。うん、わたしの有給はだいたいむなしい死を迎える。でも今回はわずかに救えたんだね。そう、まったく、わずかに、でも救えただけいいとしよう。それで沖縄かあ。そう。冬にあったかいとこ行くの最高だよね、私もまた行きたいなあ、海に潜ったり自転車で離島を走り回るなどしたい、二泊三日とかだと、もうちょっと、ああもうちょっと、って思う、バカンスは一週間を最低限としたい、なかなかできないけど。わたしも旅行は二泊三日だよ。あ、ずっと行ってたんじゃないんだ。うん、みんな、長く旅行していたと思ってる、ちょうどいいから誤解させておく、というか、会社の人とかに対してラクだから旅行もしたという感じ、ほんとは旅行しなくて

    正しいバカンス - 傘をひらいて、空を
  • のらりくらりと逃げている - 傘をひらいて、空を

    今は毎日なにしてるのと訊くと掃除、と彼はこたえた。古いものって手をかけてやらないとあっというまに荒廃して人の気分を悪くさせるから。ボロ屋はボロ屋でも清潔であればそう悪くないものなんだ。僕は掃除に関してはけっこう有能で、一週間と一ヶ月と半年のローテーションを組んで作業を決めてる。だから抜け漏れはない。なかなかいい大家さんだろ。彼は中年の前半に似つかわしくない笑いかたをする。私も笑ってみせる。彼の笑いかたは子どもじみているようにも老人みたいにも見える。生活が老人ふうだからそう見えるので、予備知識がなかったら子どもめいた人間だと判断するかもしれない。口調はたいていほんのりと愉快そうで、振れ幅が非常に小さい。 掃除が終わったら104号室の長峰さんの新聞受けを見る。外から見るだけだよ、それで生きてるってわかるから。保証人の息子さんに頼まれて三日に一回声かけてたら長峰さん参っちゃってさ、おい俺は都会人

    のらりくらりと逃げている - 傘をひらいて、空を
  • 機嫌のいい犬のための技術 - 傘をひらいて、空を

    お母さんと赤ちゃん、女の子、私。飛行機の席はそのように配置されていた。もちろん知らない家族だ。赤ちゃんはふんふんというような小さい声を出して、お母さんもひそひそ声でこたえている。女の子は幼稚園児といったところか、なんだか思いつめたような顔で、びしっと座っている。飛行機が怖いのかもしれない。わかるよと私は思う。私だって飛行機に慣れるまでは、わくわくしながらちょっと怖かった。もう大人だったけれども。 どうもすみませんとお母さんは言った。何もすまないことはされていないので、お邪魔しますねーとこたえて座った。女の子はやっぱり背筋を伸ばして、膝の上の絵は閉じたまま、まっすぐ前を見ている。こんな大きい機械が自分を乗せて飛ぶなんてほんとうに意味がわからないし、そりゃ緊張するよねえ、と私は思う。けれども私はもうすれっからしの大人なので、彼女の気持ちをほんとうにはわからないんだろうなと思う。思いながら快適

    機嫌のいい犬のための技術 - 傘をひらいて、空を
  • 私の空想上の皮膚のいくつかの場所 - 傘をひらいて、空を

    移動中、三年会っていない友だちからメールが入って、携帯情報端末ってほんとうにすばらしいなと思う。彼女はずっと家にいて、一人で出てきて私と話す、あるいは子を連れてきて話すといったことはない。事前に約束することはない。何かの用事で一時間なり二時間なり彼女が外出する時間ができて、ほかに会う人がないとき、当日に連絡が来る。十年とすこし前、結婚の直前からそんなふうで、そのころから累計で三度会った。 彼女が家を出ないのはなぜだか私は知らない。子どもはひとりで、いま小学生だ。子を連れてくることも、私やほかの友人は歓迎する。彼女のほかに子の親がないのではない。結婚相手がいる。けれども彼女は家から出ない。だから出ない、のかもしれない。私は訊かないし、彼女は話さない。彼女が一度、私やほかの友人たちとの旅行にあわせて家族旅行を企画してくれたことがある。彼女たち三人の家族で取った部屋から二時間だけ私たちの部屋に来

    私の空想上の皮膚のいくつかの場所 - 傘をひらいて、空を
  • 救い主が戻るまで - 傘をひらいて、空を

    うなずく。うなずく。うなずく。首をわずかに横に振る。問いかけに応える。質問の内容にそのまま答えるのではない。なぜなら私がされているのは質問ではない。私の目の前にいるのは突然姿を消してしまった友人の夫と両親と義理の両親だ。彼女がいなくなった理由を誰も知らなかった。もちろん私もだ。私はただ、スマートフォンさえ置き去りにしてどこかへ行ってしまった彼女の、最後の通話者にすぎなかった。私は言葉を選ぶ。目の前の彼らはそれとなく、ときに露骨に、私に伝える。「私はこう思いたい」「僕はこうとらえたい」「彼女はきっとそうだった、彼女はきっとこうだった」。私は、できるだけ、それにしたがう。嘘はつかない。嘘がつけるほど彼女の真実を知っているわけでもない。 近ごろよく電話を(正確にはスマートフォンのアプリを使用した通話を)かけてきていたその友だちは、辛い辛いと言っていた。いなくなってしまいたいと言っていた。半年くら

    救い主が戻るまで - 傘をひらいて、空を
  • 1