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2018年3月22日のブックマーク (5件)

  • [悪徳商法?支店]: 朝日新聞から、勧誘の電話が掛かってきました1

    日、朝日新聞を名乗る者から勧誘の電話が掛かってきました。 表示されていた番号は、03-6304-0914 朝日新聞「すいません、○○さま?恐れ入りますー」 私「はい」 朝日「あのー、ずいぶん前にお世話になりましたのですが、朝日新聞と申します」 私「はい」 朝日「いつもありがとうございます」 私「はい」 朝日「えーと、年頭のご挨拶をさせていだいてるんですが」 私「はい」 朝日「いつもありがとうございます。今は、読売さんですよね?」 私「いや、新聞は特に取って無いです」 朝日「あ、やめちゃったんですか!?」 私「はい」 朝日「あー、久しぶりに朝日お願いできないでしょうか?」 私「これは、勧誘の電話ですか?」 朝日「今回は、都内の予約センターからのご挨拶なんですけども、営業です」 私「営業ですか?営業でしたら、結構ですので」 朝日「恐れ入りますー」 特定商取引法においては、電話で勧誘を行う際に

    pha
    pha 2018/03/22
  • もしも息子に「ギークハウス行きたい」と言われたら - おばちゃんの家

    先日 ドキュメンタリー番組で ニート界のカリスマなるphaさんと phaさんを取り巻くギークハウスの面々のことを特集していました。 phaってファッ? pic.twitter.com/0e6b0vtoMy — pha (@pha) 2018年3月18日 京大出身のニートさんとのこと。 書籍も出されたりテレビ出演されたりはてなブログでも見かけたことあります。 ニートというより「フリーランスde自由人」な感じ? そして ギークハウスというのはネットやパソコンが好きだったり得意な同士が集う ゆるい共同生活のできるシェアハウスなんだそうです。 このphaさんの生き方に共感して憧れる若者が少なからず存在しているようで 番組の中でも 卒業を控えた「働きたくない京大生たち」に向けて講演会をされていました。 働くことを選択肢に入れない こんな進路がアリな世の中が到来するとは、ある意味感慨深いです。 多様性

    もしも息子に「ギークハウス行きたい」と言われたら - おばちゃんの家
  • 35歳を超えたエンジニアの5つの働き方

    ぼくは36歳です。けっこう大きなサイトで、RailsJavascriptを書いたり、パフォーマンス改善したり、iPhoneアプリの開発でObjective-Cを書いたりしています。マネージメントはしていなくて、今でも普通にエンジニアとして働いています。 35歳定年説の35歳を超えてから1年以上が過ぎたところですが、昔のようにはいかなくなってきたところ、昔と変わらないところ、昔よりよくなってきたところなどがいろいろあります。年を取ってもエンジニアを続けたい人の参考になるかどうかわかりませんが、そういう人たちのためにぼく個人の体験をここに書いておこうと思います。 1.理解できるまで聞き返す 特に若い人たちとの会話で痛感するのですが、相手の言いたいことを一度で理解することが難しくなってきました。最近になってよく思うのですが、若い人たちは比較的よく、主語を抜かしたり目的語があいまいなまま話をして

  • 植田正明氏による損害賠償請求事件のご報告|佐藤秀峰

    「平成27年(ワ)第6362号、同第35481号 損害賠償請求事件」「平成29年(ネ)第914号 損害賠償・同反訴請求控訴事件」につきまして、ご報告いたします。 この事件は、植田正明氏(twitter: @udx)を原告とし、佐藤秀峰および有限会社 佐藤漫画製作所を被告として、植田氏に対する名誉毀損や信用毀損に対する慰謝料など200万円を求めたものです。(途中、植田氏は被告に対する請求を200万円から2億200万円に拡張) それに対し、佐藤秀峰および有限会社 佐藤漫画製作所は、植田氏に400万円の損害賠償を求める反訴を提起いたしました。 裁判は二審まで行われ、一審、二審とも植田氏の主張は退けられました。 私の提起した反訴は、二審で認められ、植田氏に400万円の支払いが命じられました。 その後、植田氏が最高裁に上告することなく、2017.10.12に判決が確定いたしました。 詳しくは判決文、

    植田正明氏による損害賠償請求事件のご報告|佐藤秀峰
    pha
    pha 2018/03/22
  • 目印に名前のシールではなくてばんそうこうを貼る友がいる – 砂子屋書房 一首鑑賞

    北﨑友香子「父への手紙」(「一凛」、2018年) 前々回の神野と同じく、作者は高校生。作者は高校生、ということがわからなくても「名前のシール」というところでおそらく十代だろうなということは想像がつく。(ふつうは小学生くらいまでで、高校生はむしろ名前のシールなど使わないかもしれない。学校や生徒たちのあいだにはそれぞれ独特のルールというか文化というかがあるものだから、一概には言えないけれども。) 思春期の自意識だとか屈託だとかを想像して「こういうの、あるよなあ」と素朴な感想をまずはもった。通常のやり方ではなくて、人とはすこし違ったやり方で自己主張してしまうというか。そしてそれが「ばんそうこう」であるというところがいかにも、ちょっとした傷、痛み、屈託といったことを連想させて、十代独特の繊細さ、傷つきやすさ、みたいなものにも考えが及ぶ。いや、でも「十代独特」云々などと言うのは読む側の先入観によるも

    pha
    pha 2018/03/22