昭和天皇の写真をモチーフとして使った自画像作品シリーズ「遠近を抱えて」を発表後、日本の検閲・タブーによって、収蔵した美術館が作品を売却・図録470冊が焼却され、それを不服として裁判を起こした。一審、二審をへて、2000年12月最高裁で棄却とされ、全面敗訴。そんな、日本の言論界・美術界に大きな波紋を起こした作家、大浦信行が今夏、『アトミックサンシャインの中へ 日本国平和憲法第九条下における戦後美術』と題された展覧会に参加する。開催直前に、普段暮らしていると意識もしない「天皇」がなぜ自画像に登場したのか、を伺った。 天皇って、ほんとに空気のように存在しているだけのもの ―大浦さんの昭和天皇をモチーフとした作品は、大きな波紋を呼びました。非公開処分、図録焼却を受けて県民や美術関係者が裁判を起こしたわけですが、どれくらい続いたんですか? 大浦:6年くらいですかね。最高裁は棄却でした。ああいう類いの
大阪・梅田駅から阪急で1駅、阪急中津駅から徒歩3分の線路沿いに小さな私設の博物館がある。「南蛮文化館」だ。1968年に地元に住む北村芳郎氏が設立した、日本と欧州の交流に影響を与えた南蛮美術品を収集し展示する私設の美術館だ。毎年5月と11月の2カ月間だけ開館している。今年の秋のオープンに合わせて訪ねた。 2階建ての館内を、館長で学芸員の矢野孝子さん自らが案内してくれた。まず最初に目に飛び込んでくるのは、「南蛮屏風」(重要文化財)。縦1.6mで6枚の屏風が2つ、計12枚にわたって、日本を訪れた南蛮船や南蛮商人、イエズス会の宣教師、南蛮寺(教会堂)の様子が、紙本金地着彩という技法で描かれている。落款がないが、作者は織田信長や豊臣秀吉に仕えた狩野派の絵師・狩野永徳の子・光信の一門の作と考えられているという。 当時の街の様子や服装、風俗が細密に描かれ、さらに南蛮寺の中で、聖書の教えを説き、祈りをささ
「身体につけた電子機器から、身体の様子を自動でtwitterに投稿して、共有することができないか?」 冒険の共有のために、エベレストへの単独無酸素(一人で酸素ボンベなし※)での挑戦をする栗城隊長から、チームラボに相談がもちかけられた。コニカミノルタセンシング・ユカイ工学・チームラボのエンジニアは、栗城隊長の想いを形にするため、血中酸素飽和度と脈拍数を直接twitterに投稿する電子機器「チームラボオキシメータ」を開発した。標高8848mは気温マイナス30℃、地上に比べて酸素濃度が31%に低下する、生命の存在しない場所である。「チームラボオキシメータ」は、栗城隊長の血中酸素飽和度と脈拍数を検出し、衛星回線からリアルタイムにtwitterに投稿する。 世界初、エベレスト山中からの自動tweetによる、生命の共有がはじまる。 ※エベレストへの単独無酸素登頂は1980年,ラインホルト・メスナー以来
見過ごしていたインスタレーション「冒険の共有」という新しい冒険のスタイルに挑戦する登山家栗城史多とチームラボの計画した「ライブパフォーマンス&インスタレーション」 『チームラボオキシメーター』は、血中酸素濃度の状態をリアルタイムに自動ツイートし続ける機器だ。登山家栗城史多が、酸素ボンベなしでのエベレスト登頂にアタックする。 『チームラボオキシメーター』で、「今、生きている!」ことを世界中の人と共有するパフォーマンス。ある意味すごい企画だなあ。「オキシメーター」とは医師が血中酸素濃度を計ってくれる例のヘルスケアの機器、それをネットにつなげてインスタレーションに使うという発想がすごい! 全く違うと言えば違うのだが、かつてヒッピー文化隆盛の頃ハーバード大学で集団精神療法やサイケデリックスによる身体を張った人格変容の研究を行い意識変革を提唱した心理学者ティモシー・リアリーのパフォーマンスを思い出し
というわけで、新ブログのスペースを確保した。 「Logic and Metaphysics」 http://schuon.at.webry.info 基本的には、フリッチョフ・シュオンならびにシュオン関連の論考の翻訳を載せるつもり。まとまったら、閲覧用として別のWebサイトにアップする予定。 私は、他人には(特にネットでしか知らない人には)、理知、論理、言語に偏していると見られがちだが、実際には物心ついた頃から神秘主義的傾向があった。大学生の時にマーク・ロスコの絵画を知って、「この光景、見たことある!」とびっくりしたほどだ。私がロジックにこだわるのは、ロジックがすべてだとか、ロジックを超えたものなどない、と考えているからではない。まったく逆だ。ロジックを超えたものに魅かれすぎるがゆえに、ロジックという拘束具で自らをしばる必要があった。そうでなければ、まともな日常生活を送ることができなかった
修復を待つワルワラ・ブブノワのイコン画=東京都豊島区の修復研究所21で2009年4月7日午後2時17分、平田明浩撮影 1922年から58年まで日本に住んだロシア人女性で、アバンギャルド画家・版画家のワルワラ・ブブノワが描いた聖像(イコン)画が東京・お茶の水のニコライ堂(東京復活大聖堂)で見つかった。1925年に大聖堂の横に建てられた「小聖堂」に献納されたとの文献記録はあるが、その後存在自体が忘れられた幻の作品だ。【杉尾直哉】 独特なタッチの版画で知られ、板画家の棟方志功らと親交を深めたブブノワだが、イコン画を描いていたのが確認されたのは初めて。社会主義革命直後の当時、本国ロシアでは宗教弾圧でイコン画は制作されておらず、「歴史的に貴重で、衝撃的な発見」(正教美術に詳しい鐸木(すずき)道剛・岡山大准教授)として注目されそうだ。 縦180センチ、横105センチの油彩。中央に聖母子、周囲に救済を求
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く