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大山巌の検索結果1 - 4 件 / 4件

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大山巌に関するエントリは4件あります。 歴史日本*あとで読む などが関連タグです。 人気エントリには 『[明治の英雄]大山巌、その生涯と感動の名言集』などがあります。
  • [明治の英雄]大山巌、その生涯と感動の名言集

    今回は明治の軍人・大山巌(おおやま いわお )について取り上げます。2009年から3年間にわたって放送されたNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』で、大山巌は日露戦争の黒竜江の戦いで指揮官として登場します。大河ドラマでは、1990年の『翔ぶが如く』と2013年の『八重の桜』で登場していますが、幕末を題材にした大河ドラマでは登場しないこともあります。 この記事では、薩摩藩士時代と戊辰戦争での大山巌、陸軍軍人としての大山巌について取り上げます。この記事の後半では、大山巌と児玉源太郎(こだま げんたろう )との人間関係について取り上げます。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催する

      [明治の英雄]大山巌、その生涯と感動の名言集
    • 曾祖父は「君が代」を制定していない。日露戦争の総司令官、大山巌に関するウソ・ホント | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る!

      日露戦争で日本軍を率いたことで知られる大山巌は、歴史の教科書に載ったり載らなかったりで、いまひとつ著名とも言い難いところじゃないかと思います。学校で教わる歴史の授業は、近代まで行かずに時間切れになったり、近代を教わるころには受験シーズンの到来で学校の授業そっちのけで入試対策をしていたりしますから、明治以降の歴史を学校できちんと教わっていない人が多いようですね。私もそうでした。そのせいか、明治以後に活躍した大山巌のことも、小説やドラマをきっかけに知った人が大半のようです。いってしまえば小説やドラマは「つくり話」なので、本当の人物像は違うのになぁ、と、思わせられることも多々あります。 かく申すワタクシは、大山巌の曾孫でありまして、また、30年近く歴史雑誌に記事を書いてメシを喰っておりまして、キチンと調べて歴史を書くことをモットーとしております。webメディアで仕事をした経験はございませんが、縁

        曾祖父は「君が代」を制定していない。日露戦争の総司令官、大山巌に関するウソ・ホント | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る!
      • 薩摩弁と会津弁、言葉が通じないから英語で会話!?大山巌・捨松にのしかかった明治の日本語問題 | 和樂web 日本文化の入り口マガジン

        明治中頃までの日本は、あるひとつの問題を抱えていた。 それは「標準語問題」である。 東北出身の人と九州出身の人が会話する時、方言のせいでまったく通じないということがよくあった。もちろん江戸時代にもその問題はあったが、この頃はボディーランゲージだけで事が済んだ。 近代国家はそうはいかない。国民であれば誰でも理解できる標準語が必要不可欠。でなければ、たとえ夫婦間でも日本語会話ができないという事態を招いてしまう。 戊辰戦争を生き延びる 大山捨松は、会津藩の国家老の娘として1860(安政7)年に生まれた。 捨松(当時は“山川さき”という名前だった。)は幼少の頃に戊辰戦争を目撃している。彼女は籠城戦に巻き込まれ、焼夷弾の処理担当という、極めて危険な役割に従事していた。 この時代の大砲は、既に砲弾内部に炸薬の詰まった榴弾が使用されていた。しかし壁や障害物を突き破るという点において、榴弾は接した途端に爆

          薩摩弁と会津弁、言葉が通じないから英語で会話!?大山巌・捨松にのしかかった明治の日本語問題 | 和樂web 日本文化の入り口マガジン
        • 日露戦争を勝利に導いた大山巌はなぜ理想のリーダーなのか「何もしない」ことのすごさ:朝日新聞GLOBE+

          「歴史に残る優れたトップリーダー」と聞かれたら、どんな人物を思い浮かべるだろうか。 織田信長のような、強烈なトップダウンタイプ。 アンドリュー・カーネギーのような、傾聴力に優れたタイプ。 スティーブ・ジョブズのような、天才肌。 人によってイメージも理想も様々だと思うが、私には昔から一人だけ、 「こんなリーダーシップ、本当にありえるのだろうか…」 と、疑問に思っていたリーダーがいる。 日露戦争においてロシア軍を打ち破り、世界を驚かせた大山巌・日本陸軍元帥だ。 西郷隆盛のいとこであり、太平洋戦争で日本が敗れるまで理想のリーダーとして、多くの人の尊敬を集めた人物である。 日露戦争時の満州軍総司令官、大山巌・陸軍大将=1904年、朝日新聞社 しかしその語られるところは、ある意味で異質だ。 部下に仕事を任せ、自分は何もしない。 いつもニコニコしているだけで、部下の仕事に一切口を出さない。 「責任は私

            日露戦争を勝利に導いた大山巌はなぜ理想のリーダーなのか「何もしない」ことのすごさ:朝日新聞GLOBE+
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