1970年代に世界的な流行をもたらした、ジャマイカの代表的なミュージック、レゲエ界の重鎮にしてレジェンドでもある、ボブ・マーリーの全盛期の頃、こんな噂がまことしやかに広まった。 彼が粗末な自宅の裏山に小屋を建て、そこで自作のレコード盤を一枚一枚手焼きにしているというのが、それだった。 もちろんほとんど眉唾物の風評であり、真偽のほどはともかくとして、それを聞いた途端、すでに小説家の道を歩んでいた私は、憧れと衝撃をもって受け止めたのだ。 爾来、版元に対する違和感と疑念が生じるたびに、夢のまた夢である理想の発表の場として、ボブ・マーリーの山小屋のイメージが勝手に膨らんでゆき、「いつかきっとこのおれも」という呟きが重なって、しかし、思いが募れば募るほどに実現の可能性は低まり、最後は気休めとしての答えでしかなくなってしまった。 そして半世紀以上の歳月が流れ、出版社の注文を受けて書くという、世間的にし
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