考察するもんたまに増田には、わたしと同じような悩みを抱える人々がみえる。他者に興味がもてないけれどもちたくて悩んでいる、という人々である。何を隠そう、わたしこそがこのような些末なことについてうだうだ考えては悩みつづける人間なのである。まったくわたしというやつは、矮小かつ凡庸な人間である。この世界においてまっとうに生き延びるためには、いわゆる「ふつうの人々」と同じように、多大なるリソースをじゃぶじゃぶ突っ込んで、コミュニケーションが自己目的化された関係性にコミットすべきなのだが、それをしたくても粗が目立って周囲から失笑を買ったり、軽くあしらわれては「また裏切られた」とばかりに、ますます自我のうちにひきこもってしまうのが、臆病なナルシシストたちの常なのである。それなんて俺?なのである。でも、実際は他人に興味が持てないんじゃない。他人に深入りするのが怖い。たまらなく怖い。愛することが怖い。愛され