すごい製品の誕生は意外なほど時間がかかるものだとスティーブから聞いたことがある。どこからともなく登場するように見えるが、その裏には、開発、試験、やり直しなどの長期にわたるくり返しが隠れているのだ、と。 そのいい例がピクサーだ。『トイ・ストーリー』の誕生に向けた動きは、16年前、ルーカスフィルムのコンピューターグラフィックス部門であったころまでさかのぼることができる。 以来、ずっと、奮闘努力の日々だった。課題も尽きることなく湧いてきた。それだけに、1995年11月のある週、たったふたつの数字がピクサーの未来を決める状況になっていたのは皮肉なことだと言わざるをえない。『トイ・ストーリー』公開週末の興行成績とIPOの公開価格だ。 最初の数字、公開週末の興行成績からは、『トイ・ストーリー』の最終的な興行成績が予測できる。公開は感謝祭直前の11月22日水曜日で、ディズニーによると、その週の金曜夜のチ
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