今日もひとびとがインターネットで罵倒を投げつけあっている。 もちろん、それをわざわざ見る必要はなく、少し視線をずらせば自分とはなんの関係もない世界ではある。だがその殺伐さにどこか胸が苦しめられるように感じる。「笑」や「w」を語尾につけてだれかと会話をしていて、「ひとの不幸」や「ひとの喧嘩」や「もめごと」を祭りとして消費しているはずなのに、こころのどこかからは血が流れている、という感覚。損ねられているのはことばであり、ことばによって構成されるかくされた気持ちやこころだ。 * * * インターネットで見知らぬ第三者に憎しみをぶつけること。それが、この建前だらけの社会において、相手とふれあうことができる数少ない方法であるということ。場合によっては、ゆいいつの方法であるということ。その事実にわたしたちは希望をうしないかける。あるいは、絶望のふちに立っている。もはや匿名で憎しみをぶつけ合う以外に、わ