医者と患者は「水と油」と同じくらい交わらないものと描かれることが多い。 患者はしばしば医師に不満を持つ。「医者はどうして、数字や根拠ばかりを説明して私の気持ちをわかってくれないのだろうか」 あるいは医師も患者に思うことはあるだろう。「どうして、現状に合わせて合理的な治療ができる根拠を提示したのに、根拠があやふやな治療にこだわるのだろう」 このすれ違いに経済学者と医師が両方の知見を持ち寄り、研究を進めたのが大竹文雄・平井啓『医療現場の行動経済学』だ。行動経済学は人間―もちろん医師も含むーがどうしても持ってしまうバイアスを解き明かしてきた。 例えば、利用可能性ヒューリスティックという考え方がある。この本の文脈に即して言えば、医学的に正しいことよりも身近で目立つ情報を優先して意思決定に用いてしまうことだ。 「がんが消える」錠剤を使いたいと言われたら……本書の事例で言えば「がんが消える」という錠剤