1991年の京阪杯、1992年の金鯱賞、小倉記念、産経賞オールカマーと重賞4勝の成績を挙げ、93年には安田記念、宝塚記念で2着に入るなど活躍し、“鉄の女”と呼ばれたイクノディクタス(牝、父ディクタス)が7日未明、繋養先の北海道新冠町・五丸農場で老衰のため死んだ。32歳の大往生だった。 現役時は栗東・福島信晴厩舎に所属し、通算51戦9勝。92年秋には産経賞オールカマー(1着)、毎日王冠(2着)、天皇賞・秋(9着)、マイルCS(9着)、ジャパンC(9着)、有馬記念(7着)を全て1桁着順で走り抜いた。 「1月下旬から体調を崩していましたが、ファンの皆さんから送っていただいたニンジンや青草に口をつけるなど、食欲は見せていました。昨日(6日)も普通に放牧し、夜飼いのときも馬房で駐立していたのですが、今朝、亡くなっていました」と同場の五丸久美さんは現役時代同様、最後までタフに生き抜いた愛馬の最期を説明